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カテゴリ:教授の読書日記
このゴールデン・ウィーク、なんだかミョーに暇なワタクシ。その分、普段なかなか読めない、仕事と関係ない本を読もうと思っているんですけど、今日読んだのは関口良雄さんの書いた『昔日の客』という本。ま、ちょっと前に夏葉社が復刻して、ちょっと話題になった本ですな。
ちなみにこの本、父が生前に読みたいと言っていたので、私が買ってあげた本なんですわ。そしたら父がえらく喜んで、読んで面白かったと、いつまでも話題にしていた。そういうアレがあるもんで、父が亡くなって蔵書を処分した時、脇に取り除けておいたんですわ。だから、この際、父の供養だと思って読んでみようと。 この関口良雄さんというのは、東京の大森に「山王書房」という古本屋を営んでいた人なんですけど、馬込文士村が近かったので、近所にやたらに文士が住んでいて、関口さんはそういう文士たちと親しかった。本人も「銀杏子」なる俳号を持つ俳人だったんでね。で、そんな文士たちとの交流を、古本稼業のエピソードとと組みあわせて綴ったエッセイ集が本書『昔日の客』でありまして、これが関口さんの唯一の本。それも残念ながらこれが出版される少し前に本人が亡くなってしまったので、死後出版の本ということになります。関口さんって、59歳で亡くなっているんですな。今のワタクシとほぼ同じ年ごろですわ。 ではこの本、どんな感じかと申しますと、本書冒頭、正宗白鳥の思い出が語られる段がありまして。正宗白鳥ファンだった関口さんが、商売そっちのけで白鳥の本を沢山集めたので、こんなに集めましたよ、というところを白鳥本人に見せに行ったと。で、一旦は白鳥の奥さんに追い返されそうになったりしながらも、すったもんだの末、なんとか本人に会うことが出来たのだけど、結局、2冊分だけ署名してもらえた。そんなことがあった後、そのエピソードを白鳥がどこかの対談で語り、「俺の本なんか大して売れないけど、この間、俺の本をしこたま持ってきた奴がいた。そいつは俺の署名を欲しがって、どうせそれで本の価値を上げようという腹なんだろうけど、そうは言っても本を買うというのはそれなりに評価してくれたわけだから、ありがたいもんだ」というような風な言い方をした。白鳥が言及したのは明らかに自分のことであり、値を吊り上げるために署名させたというのはひどい誤解だが、ありがたいと思ってくれたんだから、やはり嬉しかったと。まあ、そんな風にまとめてあるエッセイなわけ。 で、これを読んで、ワタクシはちょっと嫌な気分になりましてね。これは、要するに正宗白鳥に「本屋風情」とあしらわれた話でしょ。それを書いたら白鳥の人格を貶めることにもなるし、その一方、白鳥にそんなことを言われて、それでも嬉しかったと書くのは卑屈だ。そういうことを書いて公刊するのは、あんまり趣味のいいものではないのではないかと。そんなことを書いてしまう関口さんは、ひょっとして柳田国男に「本屋風情」とののしられたことを得意げに書いて本にした岡茂雄と同じ手合いじゃないの? っつーわけで、アレ、ひょっとしてこの本、わしの嫌いなタイプの本なんじゃね? と思いながら読み始めたんですけど、嫌な感じがしたのは冒頭のそのエッセイだけで、その後、大分持ち直して、最終的には「割といい感じのエッセイ集だった・・・かも」というあたりまで回復したという。 それにしてもこの本が書かれたころの・・・というのは昭和30年代から40年代のころ、ということですが、そのころまではまだ日本ものどかだったというのか、ちょっとした紹介(例えば知人の名刺とか)があれば、いきなり作家の家に押しかけて面談を申し込むなんてことが可能だったんですな。例えば今、長年のファンだし、所蔵本に一筆書いてもらいたいから、とか、そんな理由で村上春樹に会いに行こうったって、そんな簡単に会えないでしょう。彼がどこに住んでいるかすら、秘密になっているでしょうし。 でも、その頃は、そういうことが可能だった。関口さんも、だれかの紹介で誰それの家に行ったら、たまたま何かの宴席になっていて、初見なのにいきなりその宴席に連なる羽目になり、勧められるままに大酒飲んでいい気分になり、放歌して大騒ぎとなり、家に帰ったのは深夜だった、なんてことを書いていますが、そんなこと、今、ある??って感じです。 でもそういう風だったから、関口さんは古本屋をしながら、色々な人と出会い、色々な人と知り合い、色々な人にかわいがられ、色々な人と楽しいエピソードを築くことが出来た。で、そういうエピソードを書いたら、面白いものが出来たと。 いい時代だったんですなあ・・・。 とまあ、そういういい時代の、いい人たちのお話でございます。特に、関口さんが非常なる敬意と愛着をもって書いている尾崎士郎さんとか、尾崎一雄さんとか、野呂邦暢さんなんかの思い出の記なんかは、それぞれの作家の魅力ある人柄を伝えるものとして、出色のものと言っていい。 それから、そもそも私がこの本を読もうと思った動機に、父のことがあることもあってか、本書の中では関口さんが自身のお父さんのことを書いた「父の思い出」というエッセイが特に心に沁みました。また本書は死後出版になってしまったこともあり、あとがきは関口さん本人ではなく、関口さんの息子さん、関口直人さんという方が書いているのですが、この息子さんのあとがきがまたとても素晴らしい。 というわけで、本書『昔日の客』、結果としては読んでよかった本でありました。教授のおすすめ!と言っておきましょう。さすが夏葉社。 これこれ! ↓ 昔日の客 [ 関口良雄 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 3, 2021 09:30:10 PM
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