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カテゴリ:教授の読書日記
中野利子さんが書かれた『父 中野好夫のこと』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。
私がこの本を読んだのは、著者の中野利子さんがつい先日亡くなられたということが一つ。加えて、英文学者・中野好夫氏は、我が師匠・大橋吉之輔の大学時代の指導教授であったということもある。最後にもう一つ付け加えるなら、私は「娘が書いた父親の伝記」という文学ジャンルを非常に高く評価しているということもあります。ましてや『父 中野好夫のこと』は、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しているのですから、よほどの名著なのだろうと。 で、読んでみた。すると・・・ うーん、それほどでもないかな(爆!) まずね、そもそも利子さんは、思春期を迎えた頃から父親の中野好夫のことが大嫌いで、意図的に距離を置いていたということがある。そして長じてからは名古屋の方の学校に勤められたこともあって、めったに実家には戻らなかったと。 で、後になってから父親の書いた本やら何やらを読んで、後付けで父親の業績などを知ったところがあるのですが、それにしたって、「はあ、父はこういうことをしていたのか」的なものだから、そこまでの深い読み取りはない。 例えば森鴎外に目いっぱい甘やかされた小堀杏奴の『晩年の父』とか、露伴に厳しくしつけられた幸田文の『父・こんなこと』のような、父娘の濃密な関係は望めないわけですよ。 ただ分かるのは、中野好夫がものすごくエネルギッシュな人で、勉強家であったこと。戦時中は、当時の国民全般と同じく国威発揚的な発言をしていたこと。それが戦後一転して反省し、二度とああいうことが起らないような社会になるよう尽力したことや、それに関して非常に多くの社会活動に携わったことなど。東大時代は英文学の泰斗・斎藤勇に心頭していたことや、アメリカ文学者の西川正身の友人であったこと。 あと、英文学の優れた研究者であったにもかかわらず、イギリスやヨーロッパの土を踏んでおらず、英会話が苦手であったことも、ちょっと意外な面白い事実でしたかね。 その他、中野好夫の最初の妻は、土井晩翠の次女で、斉藤勇の仲介で結婚したはいいものの、家格の違いに悩んだこととか、その人が若くして亡くなった後、再婚した奥さんはアメリカの大学に留学経験があり、一緒にアメリカに滞在した時は、英会話の苦手な中野好夫よりも奥さんの方が生き生きとしてしまって、中野好夫は面目丸つぶれだったとか。 私の恩師・大橋先生は、指導教授であったにもかかわらず、あまり中野好夫のことには言及しませんでしたが、あれは中野氏が戦時中、国威発揚的な発言を公にしていたことなどが関係していたのかな、なんてちょっと思ったりして。 とまあ、全体として面白くなくはない本なんですが、なんと言うか、ガツンとくる感動がないんだよなあ。やっぱり、若い頃からあまり父親に接触してこなかった娘、という立ち位置が、明確な中野好夫像を形作るには、弱すぎたということなのではないでしょうか。 っつーことで、私には面白かったけど、だからと言って他の多くの方が読んでためになるかっつーと、そこはちょっと疑問、という感じの本だったのでした。 これこれ! ↓ 【中古】 父中野好夫のこと / 中野 利子 / 岩波書店 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 23, 2024 02:25:40 PM
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