京都山科を歩く 醍醐道(1)
京都の山科に行ってきました。もちろん、山科の歴史を巡るウォーキングです。そこで、今回の最終目的地は“醍醐寺”ですが、東山から山科に抜ける道「醍醐道」を歩いて醍醐寺まで行くことにしました。いわゆる歴史街道を歩くということですが、そこでどんな歴史に触れることができるのでしょうか。スタートは阪急河原町駅 鴨川を渡って「大和大路通」を南に進みます。建仁寺の西側に沿って進むと五条通に出ます。さらに南に進むと大きな石垣が見えてきます。秀吉が造った大仏殿の石垣ですね。そして、京都国立博物館、三十三間堂を左に見ながら南に進みます。三十三間堂の南側の塩小路通を左に折れると「東大路通」に出ます。「東大路通」を南に進むとすぐにJRですが、「東大路通」はこのJRの上を通っています。JRの上を通ってすぐの交差点「今熊野交差点」が「醍醐道」の始まりになります。新熊野神社から山科に抜ける醍醐道はここから始まります。ということで、「新熊野神社(いまくまの)」にお参りしました。【新熊野神社】熊野信仰の盛んな平安時代末期1160年、後白河法皇によって創建された神社です。法皇は一生のうちに34回熊野に参詣されてるということですが、当時の人にとって熊野に参詣することは大変なことで、そう何回も行けるわけではなかったようです。そこで、熊野の新宮・別宮として創建されたのが当社で、当社は長らく京の熊野信仰の中心地として栄えたということです。 ここには、1160年の神社創建時に後白河上皇が和歌山県の熊野地域から移植したと伝えられるクスノキがあります。高さは約20メートルということですが、樹齢約900年とはとても思えない勢いを感じました。いやぁ すごいですねぇ~。いよいよ醍醐道に入ります。入口は古道というよりは、普通の町中の道という感じです。「醍醐道」は東山から山科に通じる山越えの道で「滑り石越え」と呼ばれています。古道というわりには車の通行も思ったより多く、民家も多そうですね。では山越えの始まりです。《続く》