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カテゴリ:連載小説
大きな黒犬の名はB。英語で読むのか、カタカナか、黒犬のブラックの頭文字Bなのか。大きいので、ビッグのビーか。町の誰もが『ビー』と親しみを込めて呼ぶ。見た目は怖いが、おとなしい。その上頭がいい。飼い主のパーマ屋ロレヤルの二人の子供の面倒を良く見る。子供達の帰りが遅いと、親の代わりに探して歩く。子供達のよりそうな所を覗いて歩く。
例えば春風書房。近頃東京中に流行している貸本店である。伊勢屋の向かいの二軒右側の五坪程の店だ。店の両側の壁は書棚が天井まで届き、片側には溢れる程の上製本の漫画本がひらがなが多い赤字の書名の背表紙を揃えて詰まっている。もう片側は読み物の単行本がやはり溢れるほど詰まっている。中央の平棚には雑誌類が子供の物も婦人雑誌も大人達が夜密かに広げて楽しむ類の物も並べてある。客達は何冊か立ち読みすると一、二冊借りてゆく。子供達は乏しい小遣いなので、マンガ本を借りるには買い食いを辛抱しなければならない。勢い立ち読みだけですます事が多くなる。 パーマ屋の二人の兄妹もやってきては何時間も立ち読みですましてしまう。『立ち読みはダメだよ。借りて読みなさい』と店の親父が注意すると、『フン』と舌打ちして立ち去る。物足りない時は名画座のすぐ横に出している春風書房の支店に現れる。又散々読み散らかし、そこで働いている恩田郁子に再び注意されるのだが、二人は又『フン』と舌打ちして立ち去るだけだ。そしてまた次の日、知らぬ顔でやってきて立ち読みを繰り返す。 夜遅くまで粘っていると、ビーがやってくる。ビーはまず春風書房の本店のガラス戸の前に立つ。物問いたげに帳場に座っている店主の顔を見つめる。帳場から店主が立ち上がり、ガラス戸を開ける。Bは中に首を差し入れ、マンガの棚の方を見る。二人がいるとワンと一声吠える。『うるせえなあ』という目つきで二人はBを見るが、Bはいつまでもそこにいる。遠くの町からやってきてBに慣れていない客は黒い大きな犬に怖じ気づく。それで店の者から『Bが迎えに来てるから、早く帰りなさい。』と促され、二人は渋々Bと一緒に帰っていく。二人が店にいない時、Bが来ると、店の者は『今日は来ていないよ』と直ぐに声をかける。Bはのっそりとガラス戸から立ち去っていく。決して招き入れられないのに、ガラス戸の中に入って来ようとはしない。夏、戸が開け放してあっても敷居を越える事はしない。ぐるぐると首を回して店の中を覗き、兄妹がいないのを確かめるとのそっと帰っていく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.10.01 16:59:02
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