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カテゴリ:連載小説
「Bが具合悪そうだけど病気かしら」
黒沢さんはパーマをかけたことがなかったが、思い切って店に入るとコールドパーマを頼んだ。チリチリにされると困ると思ったがBの事が気になってパーマをかける事にした。ロレヤルはとてもケチなのだ。突然犬の話をするとケンもホロロになりそうなので仕方がなかった。 「ええ、Bですか。食がすっかり細くなってね、歳ですから」 「幾つですか。」 「もう十歳かしらね」 「確かに少しお爺さんだけど」 「いえ、お婆さんですよ」 「あら、雌でしたか」 「後ろを見ればわかりませんか。はは」とロレヤルは笑う。その笑い声が下品に聞こえる。黒沢さんは動物を飼ってはいるが、余所の犬の後ろを覗き込んで雄雌の判断はしたことはない。 「獣医さんに見せたらどうでしょうか。」 「まさか、お金がかかるでしょう。あんな犬に大金はかけられませんよ。歳だから仕方ないんですよ。」 その時、学校から娘が帰ってきた。『只今』も言わずにのそりと入って来て奥にひっこもうとすると、母親に呼び止められた。 「いっちゃん。あんた、Bに餌やった。」 いっちゃんと呼ばれた娘は口を尖らせて答えた。 「母ちゃんがあんな犬に餌なんかやるこたあないっていっただろ。飢え死にさせちまえっていったじゃないか。」 「馬鹿な事いうんじゃないよ。この子は。さっさと奥へお行き。」 娘が口を尖らせたまま、奥に入っていくと同時に、黒沢さんは頭にブラシをかけているロレヤルの手を払いのけて勢いよく立ち上がった。ロレヤルは弾みで転びそうになった。 「そんな事じゃないかと思った。」 ロレヤルは体制を立て直して言い返した。 「ああ、そうだよ。あんな大飯喰らいの犬にやる餌なんかありませんよ。うちは黒沢さんのようなお大尽じゃありませんからね。」 ロレヤルの毛も逆立つ程の剣幕に黒沢さんも負けてはいない。 「Bが何か悪い事をしましたか。お宅の役に充分たっているでしょう。番犬にもなるし、子供達の面倒も見るし、ちゃんと餌を上げて下さい。」 「だから、家みたいな貧乏人にはあんな大きな犬は飼えないんですよ。子供達もね、あんな陰気な犬は嫌いだって言ってるんですよ。なあ、いっちゃん。」 奥に入りそびれていた娘に言った。娘はうなづいた。 「うん、あたし、B、臭いから嫌い。」 臭いのも、汚いのも飼い主の手入れが悪いからに他ならない。邪魔になったからって餌をやらないことがあるだろうか。黒沢さんは怒りに体が震える。かけたくもないパーマをかけにきて、この有り様だ。 「わかりました。私が餌を上げます。」 「え、黒沢さんが餌をあげるって。」 「ええ、ええ私が預かります。じゃ、これで」 黒沢さんは首にかけられたビニールを引き剥がすと立ち上がった。 「あら、パーマがまだ。」 「もう、結構です」 「でも、ブラシをかけたし。」 とロレヤルが食い下がる。 「お金は払います。はい、ブラシ代」 と財布からなにがしかの金を出すとロレヤルの手に握らせた。 「Bは連れて帰りますからね。」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.10.03 16:06:18
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