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カテゴリ:ケアマネ物語
そのB社は神奈川が本社で主に神奈川県に展開していました。
東京進出をしようということで、ケアマネも募集していました。 当時は介護保険施行半年もたっていません。長く福祉でやってきた会社も(実は特養が最初だった)介護保険って何・・?と言う状態でした。 面接の時にあなたもケアの手伝いをと言われましたが、私は資格がないので丁重にお断りしました。もちろん、高齢者の手を引いたりその場その場で必要なお手伝いはします。と申し上げました。 なぜか面接はパスしました。ケアマネ不足だったからでしょう。 本社勤務は遠すぎるので近所の施設を私自身の拠点としてもらいたいといいましたら、それもOKになりました。 ということで自宅から電車で10分以内の施設が私の事務所となったのです。 そこはお屋敷街の一等地でした。広い敷地に広い建物・・。 玄関もアプローチも素敵、中にはいると・・。まあ言わないことにします。半端にゴージャスだった。 なおまだ工事中でした。 そこは倒産した某信用金庫の独身寮転用です。表はほとんど手をつけず、間取りも手をつけず、ただ内装を新しくしただけでした。 コンセプトは自分で自分のことができる高齢者マンションということらしい。ヘルパーが掃除などは手伝うが、食事は希望者以外は自分で作るようになっている。 居室を見せてもらって直ぐに私はこれは・・といいました。台所は独身向けのはっきり言えばアパートのような作りです。コンロは電気コンロです。もともとついていた電気コンロで使える物はそのまま・・。 どうして電磁コンロじゃないのですか。と一応聞きました。まあ使えるしもったいない。 と言う答え。おいおい・・。 バストイレは各戸についている。しかしそれは今までの物を新しくしているだけなので、狭い、入りにくい(とにかく独身男性用のユニットバスですから)。 その後、すぐに私は近くに出来た有老施設に身分を隠して(親が入居予定の振りをして)見学したことがあります。室内にバスがついている部屋もありました。しかし、我が施設と同じで段差が大きい。入りにくい。そこは売れなかったマンションの転用施設なので、設計上浴室は段差が大きくなるそうです。 で、その施設の職員がいうにはバス付きの部屋がいいと入居しても結局バスは物置になり、共同の浴室を使うようになるとのこと。 さて、我が有老もすっかり完成し、入居者を募集しましたが、何ヶ月も入居者0が続きました。私は他の施設や神奈川県までいったりして忙しくしていますが、施設長となった人はその間針のむしろだったでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.12.22 17:43:09
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