介護と家庭論 第5回
大昔、たぶん戦前まで、子供は労働力でした。幼い子もそれなりに働くことができます。家庭とは労働力の集まりでもありました。白川郷の合掌造りの家では、3世代、4世代の家族と、兄弟も一緒に住んでいます。兄弟は結婚もせず、家に一生とどまるようです。それは労働力のためです。家の中で労働力としてだけ扱われる存在とは。美しい村にも中に一歩はいると、家族の問題が潜在しているわけです。敗戦後、日本は幸いなことに民主主義となり、財産は兄弟姉妹に平等に分けられるようになりました。それでも長男主義は依然として残っています。長男は家に残り、弟は進学するかわりに、外にでて就職し、新しい家庭を都会に作ります。長男は家を継ぐ代わりに両親の介護を引き受けるこになります。それでも財産は兄弟姉妹に分配しなくてはなりません。後の騒動を避けるためには、介護をしない兄弟姉妹は財産放棄の手続きをとることがあります。時代は変わり、介護のあり方も変わってきたと思われていました。しかし、どうなのでしょうか。都会に出た農家の兄弟の家庭は・・都会においては核家族ということになります。都会では分けられるほどの財産もなく、子供達は家を出てそれぞれ新家族を作り始めています。この核家族の介護は誰がするのでしょうか。変則的になり、娘が介護するということもあります。サザエさん状態ですね。娘達も結婚しない人が増えているような気がします。家族は分断され、縮小化されてきています。介護は家族の中の一人に負担となって襲いかかってきます。病気がちの妻や、嫁にいった娘。孫など様々な境遇のひとが介護に携わることになります事実婚の配偶者、離婚した元の配偶者、単なる知人。など血縁、戸籍上の縁に頼らない介護者の例をよくみています。まったくの他人であるが、深く関わってしまったヘルパーもいました。家庭の形は変化してきています。しかし、行政は介護や医療の現場を家庭に戻そうとしています。行政の思い描く家庭は、長男とその嫁、よくできた子供達。優しく思いやりもあり、愛情溢れた家族。私が担当した家庭、家族は愛情溢れる方々でした。ですが、お互いに通じ合っていないお宅も数多くありました。表現の仕方や、受け取り方が食い違っているのです。問題があります。家族の形態は変化し続けており、この親に対する考えは変わりつつあります。不思議なことに親の子に対する考えはあまり変化していません。家庭、家族が介護を心おきなく出来るためには、住環境を整える、デイサービスやショートステイを自由に利用できる。経済の負担を少なくする。介護時間が短縮できるようなサービスの選択が出来る。などが考えられます。現在、都市圏で自由なショートステイの利用など、不可能です。宝くじの3等、4等あたりが当たる幸運でしょうか。