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カテゴリ:歴史
私:9.11のテロでプーチンはアメリカのテロ戦争支援を即座に表明する。 A氏:クリントン政権下では、ポーランド、ハンガリー、チェコの東欧3ヶ国がNATOに加盟する。 私:冷戦終了後、ソ連の原子力産業は瀕死の状態となり、アメリカとの平和利用での共同を提案する。 ソ連はそこで、イラン、中国、インドに市場を求める。 A氏:今のイランの核開発問題もそこから始まっているのかね。 私:しかし、このプリマコフの米ロ「対テロ」共闘路線は、イラクとの対応でまた対立する。 A氏:プーチンはイラクへの対テロ戦争の拡大には猛烈に反対するね。 私:プーチンは大量破壊兵器保有の有無もあいまいなフセイン政権の打倒は、むしろ中東地域全体を不安定化させ、本来の意味での対テロ戦争を阻害すると考えたからだね。 A氏:しかし、プーチンの予想通りになったね。 私:著者は、ネオコンのNATOを中心とする東欧の展開と、イラク、イランなどの中東の展開とはつながっていると見ているね。 東欧でのアメリカとの対立はすでに、カラー革命でふれているし、NATOによるミサイル防衛で、「中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日・一極主義vs多極主義」1、2、3、4で、このブログでもふれているね。 この約10年の間に、アメリカはブッシュで力を落とし、一方、ロシアはプーチンで力をつけたね。 プーチンは、大統領から首相になり、明日からのサミットには来ないが、今後もタフな仕事ぶりを発揮するだろうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.07.06 23:35:15
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