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教育改革を評価する
私:このブックレットは、「教育改革の町」として06年当事、全国的に知られていたという愛知県犬山市の改革をとりあげているね。
A氏: 「杉並区立『和田中』の学校改革・検証 地方分権化時代の教育改革」岩波ブックレットNo.738・08年9月刊の前に出版されたブックレットだね。
同じ知的街道に属するね。
私:しかし、和田中の改革と犬山市の教育改革は異なるね。
東京都杉並区のやり方は、民間出身の校長・藤原和博氏を迎え入れたように「外」からの力を借りる方式だね。
学校選択制による学校間の競争、教師の個人評価による教師間の競争などを通じての公的教育の質的向上だね。
子どもや親を消費者とした、市場原理的な改革だね。
しかし、犬山市の改革は、教育現場での教師の具体的な教え方にしぼった改革だね。
外の力でなく、教師自体の専門性を高める方向に重点をおいている。
A氏:いくら、競争であおっても現場第一線の教師の力が向上しなかったら意味がないね。
民間企業で盛んに導入された個人の成果主義が崩壊したようにね。
競争によって、第一線の活動でいろいろな斬新なアイデアや技術が生み出されればいいが、逆にその障害となると、無意味だね。
「窮すれば通ず」もあるが「窮して終り」もあるね。
民間企業はチームで活動していることが多いので、個人の成果主義だと、チーム力が低下するね。
私:だから、犬山方式は「市独自の副教本作り」「少人数授業・少人数学級」「2学期制」など、現場の教え方の技術中心の改革だね。
和田中の藤原校長が、あまり、第一線の個別の教え方に介入していないのと大きく違うね。
藤原校長が、教師経験者からなったわけでないからだろうね。
それに東京都杉並区は学校選択制だね。
しかし、犬山市のやり方も1997年に教育長に就任した瀬見井久氏のリーダーシップによる点が多いというが、氏も教育行政畑の人でなかったという。
石田芳弘犬山市長の要請によって就任する前は、県の行政職にあったという。
予算の権限を持つ市長と、教育長の考えの一致が背景にあるね。
A氏:少人数クラスにすると教員数が増加するのではないの。
費用が増加するのではないの?
私:給食費を外部委託することによって浮いた費用で臨時職員をやとったという。
また、数万円もする指導書を買わず、教員自ら副読本を作るようにしたという。
教員同志の研究会もさかんにしたという。
要するに、教育現場の中心である教師の力を具体的に発揮させ、向上させる方法を中心にしたわけだね。
子どもも多様化しているから、先生の教え方の工夫も要求される。
A氏:学校の裁量による学級編成と教育課程づくりだね。
私:習熟度別学習とか学校選択制によるものでなく、教師による内側からの改革だという。
そして社会的な格差を教育に及ぼさないという改革だという。
A氏:フィンランド方式に近いね。
私:フィンランドは国が教師の資格を重くして、その上で教師の自由裁量に任せる方式だね。
国が教師に力をつけ、力があるものに任せる。
日本は教育効果が問題になると教師の「個人的な自己責任」のせいにして、「競争心がないから、努力しないのだ」ということで市場原理的な発想になるんだね。
タクシーと似ているね。
A氏:規制を緩和して、競争させれば、料金もサービスもよくなるというのが、結果的に料金は上がり、運転手は貧困化した。
それは競争によって、運転手による画期的な運転現場の効率改善がなかったからだね。
運転手にそのようなアイデアの出るような訓練や条件を与えないで、個々に競争市場に放り出したことになるね。
結果は「窮して終り」になったね。
私:教師が内側から改革するには、少人数制のような条件と、自主裁量の提供と、それに対応できる教師間の研鑽の時間と場の提供が不可欠だろうね。
それが市場原理的な方法によって提供できるかどうかだね。
そうでなければ、タクシーと同様の結果になるだろうね。
フィンランドはその道をとらなかったね。