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2019年05月22日
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​デカルト『方法序説』を読み返して​

現代のドタバタ喧騒のなかで、なぜか『方法序説』(1637年)を読み返しました。

 「われ思う、ゆえにわれあり」

自分中心の勝手な主観主義的なニュアンスとして、私などはこれまで受けとめてきたんですね。
今回読み返して、それは読み手の側の完全な誤解であることが分かりました。



デカルトの自伝風の、41歳にしての最初の著作です。
当人が発見したことですが、物事を理解しようとするときの方法です、
その方法と、それによる成果を紹介したのがこの本なんです。
それは、近代社会に生きるものにとって、大事な、堅持すべきセンスだと思うんですよ。

この第二部に出てきます。「4つの準則」として。

「第一は、わたしが明証的に真理であると認めるものでなければ、どんな事柄でもこれを真実として受け容れないこと、換言すれば、注意深く速断と偏見を避けること、そして何ら疑いをさしはさむ余地のないほど明瞭かつ判明にわたしの精神にあらわれるもの以外はけっして自分の判断に包含させないこと。」
・・・第四に「全般にわたって、自分は何ひとつ落とさなかったと確信するほど完全な列挙と、広範な再検討をすること」(P28-29)

この精神に立つことを決意して、その方法(姿勢)による探究した結果を、コンパクトな「序説」として、誰にでも分かるようにと母国語で発表したんですね。

1637年刊行というのは、日本でいえば、関ケ原の戦いの後で、封建制度の武家諸法度がつくられていった頃のことです。
「封建制度でチャント物を箱の中に詰めたように秩序がたっていて、何百年たってもちょいとも動かぬというありさま、家老の家に生まれた者は家老になり、足軽の家に生まれた者は足軽になり、先祖代々、家老は家老、足軽は足軽、その間にはさまっているものも同様、何年たってもちょいとも変化というものがない。…私のために門閥制度は親のかたきでござる。」(『福翁自伝』より)

このギャップが、人間が押し開いてきた人間社会の進歩というものですね。
デカルトをとりまく社会も武家諸法度の社会だったんですよ。その中でデカルトは、人間宣言、科学宣言をはっしたとの面も見てとることが出来ます。

現代でも、国会での討論を聞いていると、安倍政府はどちらかというと武家諸法度の方に近いですね。国民の実際を見ようとしない。「おれの言うことが法律であり、政治なんだ」なんて、時代錯誤もいいところです。完全にゴミ箱行きですね。

今回、私などがデカルトへの自分の誤解を払ってみると、学者・研究者の人たちは、デカルトの意義をとっくに指摘していました。
手元にあったものをチョット開けただけでも、
1、角川文庫の『方法序説』訳者の木場瀬卓三氏による解説、
2、森宏一氏の『哲学とは何か』(合同出版)での、「フランスの哲学思想」でのデカルト紹介、
3、河野健二編『世界の名著』(中公新書)でのデカルト『方法叙説』紹介、
まぁ、哲学、社会思想の著作で、デカルトについて光をあててないものは無いほどのものでした。

わたしの一個人としての誤解というのは、現にあったし、ありうると思うんですよ。
しかし、内閣総理大臣たるものが「憲法9条に3を加えるだけで、中身はちっとも変わらない」なんてことを、平気で国会でしゃぁしゃぁとの賜っている事態は、「おれの言うことは正しい」と言ってることでしかありません。

これはデカルト以前の、中世の論理ですね。
近代の民主主義に育ってきた私たちですから、よもや、こんな勝手なウソの屁理屈を強制されて、世界の各地での、戦争に駆り出されていくなんてことは、絶対に許しませんよね。

あらためて、デカルト『方法叙説』をよんですっきりするとともに、
現状の日本の政治に腹が立ってきました。

日本の近代になって初めての経験かと思いますが、民主主義的な共同が政治を主人公になって司どるべきときです。
コミンテルン第7回大会の「反ファシズムの統一戦線」というものが、時代を越えて新鮮な響きをもって聞こえてきます。
「奴らを通すな!」です。







Last updated  2019年05月22日 09時35分54秒
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