ふるさとの残景 (10)
母の里では、馬屋は家の中にあった。馬泥棒にあわないためとも、風邪をひかせないためとも教えられる。耕運機が登場してくるまでは、馬は「半身上」などといわれて、とても大切に扱われたのだ。 私が泊まっている時、馬が羽目板を蹴外したことがある。祖父は、恐れ気もなく馬屋に入っていったが、幼い私は、心配でたまらない。馬が金槌を怖がって、羽目板みたいに祖父を蹴飛ばすのではないか、と。 ハラハラしながら見守っていると、馬は、尻尾で蝿など払ったりしながら、最後まで無頓着げに落ち着いていた。このとき私ははじめて、祖父と馬とが、深い信頼関係にあることを知ったのだった。 真夜中、寝ている奥座敷まで、馬の吐息が聞こえてくることがあった。あるとき、さみしがっているのだろうか、と祖母にきくと、そんなことはないよ、犬も猫も燕も青大将もそして鼠も、みんな、アレとひとつところにいるんだもの…、とおとぎばなしのような答えが返ってきたのを覚えている。