若杉山遺跡の講演会
地質学から若杉山遺跡を読み解くと題して、石田先生の講演会があった。先日の加茂宮ノ前遺跡の現地説明会で朱の付着した土器が出てきたと知り、辰砂がどのようにして出来たのか、この疑問を解決できると、楽しみにしていた講演会。付加体の分布と赤色顔料遺跡群の分布若杉山から津乃峰山塊は、中世ジュラ紀の付加体。中生代前半以前(3憶年前~1.5億年前)の低緯度深海底のチャートや海底火山頂部周辺の石灰岩が分布していて、それらの割れ目に新生代(1400万年前頃)になって、熱水脈が貫入し、辰砂が形成されたそうです。少しボヤケてます<m(__)m>加茂宮ノ前遺跡で縄文時代後期前葉の土器に辰砂が付着していた。この時すでに、かなりの量の辰砂が採掘されていたらしい。若杉山辺り一帯で採れた辰砂の供給地はどこだったのか?日本国内か?大陸か?想像は膨らむばかりです。鋭利な破片の辰砂砕かれたり、すり潰されたりしたことの表れ。左は平場で採れた辰砂。黒辰砂ではなく赤い辰砂だそうです。右は坑内で採れた辰砂。平場と坑内でこんなにも色が違うのが面白い。石田先生の話を伺っている時は、わかったつもりでいても、伝えようとすると、きちんと伝えられない。全然、わかっていない証拠ですが、とにかく、すごい遺跡が阿波から出てきました(^^)/と、いうことで。おわりです。