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この19日の夜に実家の父が亡くなり、22日に通夜、23日の告別式を終えて、
今は、日常の生活と平行してあれこれと決まり事を片付けています。 この2月から週に3,4日は実家に来て店番をし、その間に母が病院や施設に様子を見に行くと言う形でしたが、このひと月は私は毎日実家に来て、母は毎日病院に通いました。 最初は誤嚥性肺炎と言う肺炎で一般の病院に入院し、その後介護施設に入ったのですが、熱が出たり体力が衰えたりで、また、一般病院に入院し、最後は療養型の病院に入院して、亡くなりました。 療養型の病院に入ったときにはもう「急変覚悟」と言われて、それからは毎日母が病院に通いました。 もう、抗生物質が効かないといわれていたので、苦しまないことと、母が気持ちを収められる様な最後を迎えられることが私たちの希望でした。 19日の日は昼間に「あと2,3日」と言われたのですが、その2,3日を信じて、夕方ちょっと、その日に行われる恵比寿講の準備に戻っている間に、一人で逝ってしまったので、 母はそれだけが悔いが残ると言っています。 もう17日頃から酸素マスクの濃度も上がり、18日には目もよく見えない様子だったことを思えば、離れるべきではなかったと、思っているようなのですが、 なんとも、言えません。 いずれにしても、まだしばらくは実家に通い、母と過ごすことになります。 幸い店もあり、弟も3階にいて、妹もすぐ近くに住んでいるので、皆で母を支えたいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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