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テーマ:ショートショート。(1084)
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木曜の夜、自宅でテレビのスイッチを入れた道夫は、
突然吐き気をもよおし、その場に倒れた。 (こ、こんなこと、ありえない……) オエ~。 実際、吐いた。 テレビ画面には、30歳前後の青年実業家と女性秘書が、 身の無いうわついた会話をしていた。 よくあるトレンディー・ドラマだ。 道夫は一瞬にして悟ってしまう。 このドラマの原作者・脚本家・ その他関係者全員、サラリーマン経験が無い、もしくは浅いな、と。 道夫は四つんばいのまま、息も絶え絶えに頭をめぐらせ、 テレビのリモコンを探す。 それは、左前方1メートルほどのテーブルの 下にあった。 (チャンネルを替えなければ……狂いそうだ……) しかし、道夫はもう動けない。 (死ぬのか、俺は) すると、テレビはコマーシャルになった。 (助かった) ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ…… (うわあ!) それは、最近売り出し中の漫才コンビ出演のCMだった。 (この脱力芸。 耐えられない) そして、つぎは、金融業者の妙に明るいCM。 (この偽善。 世も末だあああああ) 道夫は最後の力をふりしぼり、胸ポケットから携帯電話を取り出し、 救急車を呼んだ。 道夫は突発性適応障害と診断され、長野県の奥地の施設に隔離された。 道夫のような症状の患者は日を追うごとに増えていった。 上司の朝令暮改ぶりに耐えられない、 電車内の女子高生の会話に吐き気をもよおす、 女優の語尾上げ会話を聞いていると頭痛がする、 電話での先物取引勧誘の詐欺師のような話しぶりに怒りを感じる、等々。 やがて突発性適応障害患者数は、全国民の7パーセントを占めるに至った。 彼らは団結し、人権を勝ち取り、自分たちの住む長野県の南半分を 陸奥(みちのく)県とし、独立行政を布いた。 ある日、著名な大学教授と数名のテレビスタッフが、陸奥県を取材に来た。 陸奥駅を出て、街の雰囲気に圧倒されたスタッフが言う。 「教授、なんか変な気分っす。 薄気味が悪くなくなくなくなくなくなくな~い?」 「そうじゃな、なんか暗げで、暑げで、ヤバげで、むさげじゃ」 その言葉を最後に、ふたりは倒れた。 駆け寄った他のスタッフも倒れた。 近くにいた住民が、携帯で救急車を呼ぶ。 「た、たいへんです! 突発性適応障害患者です!」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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