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カテゴリ:研究関連の現状報告
2021年といえば、数理研で行なわれた訪問滞在型研究「宇宙際タイヒミューラー理論の拡がり」の中核的事業となった4件の研究集会やその関連業務を中心に、宇宙際タイヒミューラー理論や、関連する遠アーベル幾何学の普及活動に奔走した一年でした。特に、ズーム(+アクロバット+マイクロソフト・ホワイトボード)による講演を全部で13コマ(=上記研究集会4件+12月に開催された別の研究集会1件において)行ないました。また講演のビデオ閲覧のための登録と、数学的な対話を呼びかける招待状を国内外の200~300名の数学者に送り、数十名の数学者による閲覧登録の申請を受け付けました。一方、講演に関連した数々の質問をオンラインや集会のスラックのワークスペースで受け付けて、質問への対応にかなりの時間と気力を費やすことになりました。 そもそも2021年と言えば、3月に宇宙際タイヒミューラー理論の原論文4編が数学雑誌PRIMSの特別号に正式に出版され、また秋に、宇宙際タイヒミューラー理論の数値的に精密化された改良版[ExpEst]の、(東京工業大学が発行する)数学雑誌Kodai Mathematical Journalへの掲載が決定しました。これらの動きは国内の報道機関で取り上げられました。 なお、更なる興味深い応用に向けた、宇宙際タイヒミューラー理論の更なる改良版の執筆作業も始まっており、この更なる改良版の報告が(上記4件の集会のうちの一つである)2021年9月の集会で行なわれました。 一方、2021年3月に公開し、それ以降も度々更新している原稿[EssLgc]の(非専門家向けの)§1(=特に、§1.5, §1.8, §1.10)や2020年1月のブログ記事で詳しく解説している通り、私の研究や私自身を巡っては、(特に)欧米では、過去9年以上にわたり、現代西洋文明、あるいはいわゆる「西洋的価値観」の最も中核的な基盤を成しているはずの様々な考え方 ・議論の明示的かつ詳細な記録 ・基本的人権 ・法の支配 ・司法の適正かつ透明性が確保された形 での手続きの保障 ・証明責任・説明責任 等の精神を根源的に蹂躙するような、実につまらない誤解に端を発した、極めて悪質な言動(=誹謗中傷・名誉棄損等)の嵐が吹き荒れており、残念ながら現在も、その勢いは衰える気配を見せておりません。 これまで見た(欧米の報道は疎か)日本の報道でも、この欧米のお粗末かつ遺憾極まりない実態を直視し、毅然とした姿勢で厳しく糾弾する論調の報道を私は未だに目にした記憶がありません。またこの状況は、報道機関には数学的内容について厳密に理解する能力が本質的に欠如していることと決して無関係ではないようにも思います。 しかし、一方で(ブログ記事でも)[EssLgc]でも詳しく解説している通り、否定的な人たちの数学的主張が如何に荒唐無稽でお粗末・滅茶苦茶であるかは、(日本でいうと)修士課程の学生でも十分理解可能な数学的内容です。一般に、報道という職業においては、(別に数学でなくても)必然的に、政治・経済・法学・会計学等、様々な専門分野の高度な知識がないと適切な内容の記事が書けないことはそれほど珍しい事態ではないはずです。つまり、これら数学以外の専門分野の場合もそうですが、記者の方が、高度な数学的な専門知識が全くない方であっても、取材に際して、様々な数学的主張を展開する相手については、その相手の社会的地位等々よりも、 相手の数学的主張を証明する議論が きちんとした厳密な形で書かれた文献 ・記録(=論文のPDFファイル等)の 存在や特定(=例えば、URL等による) つまり、もう少し平たく言うと、 相手の数学的主張の論理構造の追跡を 可能にする(文献・記録等の)明示的 な物的証拠の確保や相手自身の証明 責任・説明責任(=「バーデン・オブ ・プルーフ、アカウンタビリティ」) が如何に本質的に重要であるかは十分理解可能なはずです。しかし、これまで見た報道機関の取材ではそのような文献の存在や特定、あるいは主張が根拠としている数学的な議論の論理構造の ・追跡可能性(=「トレーサビリティ」)や、 ・肝心の相手の証明責任・説明責任、 ・立証の手続きの透明性等 への言及すら見たことがありません。 歴史的な観点から見ても、例えばいわゆる「フェルマ予想」がフェルマによって既に証明されていたかどうかという問題に関して、本質的に重要なことは(指摘するまでもなく!)フェルマという個人の社会的地位等々ではなく、そのような証明が詳しく明示的に記述された文献・記録の存在・非存在であることは、数学の専門知識が全くない記者の方でも十分理解可能なはずです。 宇宙際タイヒミューラー理論に対する批判的な主張の場合もそうですが、一般に、数学的主張が根拠としている数学的な議論の論理構造が詳細に記述された文献が明らかにされない状況が長期にわたって続くと、論理構造が永久的に謎のまま、迷宮入りを迎える虞が現実味を帯びてきます。そのような状況は数学界に多大かつ全く不必要な混乱をもたらすものであり、また(数学雑誌PRIMSの出版元である)EMS(=ヨーロッパ数学界)の行動規範「COP」に記された「著者の責任」の第6項目 「数学者は、新しい定理を証明した、あるい は特定の数学的問題を解決したとする、公 の主張を行なった場合、主張を証明する 詳細な議論を、時宜に適った形で公表する 義務を負っている」 の精神に対する、明確かつ重大な違反でもあります。 この文脈においてもう一つ重要な側面は、主張を展開する相手の態度であることも指摘しなければなりません。2020年1月のブログ記事や[EssLgc]の§1でも指摘していることですが、理論について誤解されている内容は、適切な論理的な姿勢で向き合えば、(日本でいうと)修士課程レベルの、それほど難しくない数学的内容であり、時間の圧迫を感じることなく、半年~一年程度の期間にわたって議論を行なう機会さえあれば、理解することはそれほど困難なことではありません。実際、2021年の、当方にとって特筆すべき出来事の一つは、まさに長らく宇宙際タイヒミューラー理論について誤解に基く内容の主張を展開していた欧米の数学者の一人を相手に、[EssLgc]の§3の内容を辛抱強く解説することによって、漸く相手に自分の主張が全くの誤解であったことを明示的に認めていただいたことです。相手の主張・思考の論理構造の細かい分析は双方にとって大変な時間と労力を要する作業となってしまいましたが、それでも 常に友好的かつ建設的な空気の下で 適切な論理的な議論を行なうことに よって長らく続いた相手の誤解を 決定的に氷解させることができた ことは、2021年に起きた様々な出来事の中でも、当方にとっては珍しく希望を抱かせられる、とても貴重な経験となりました。 またこのような文脈においてもう一つよく聞かれることですが、 宇宙際タイヒミューラー理論を巡る誤解 は計算機による、理論の正否確認によって 解消できるのではないか という質問ですが、幸か不幸かは別として、そういう性質の問題ではありません。[EssLgc]の§3でも詳しく解説していることですが、理論の誤解されがちな側面を、基礎的論理演算子 '∧'(=「AND」)・'∨'(=「OR」) の列で記述すると、(上でも指摘した通り、)それほど複雑な論理構造ではありませんし、計算機を用いるまでもなく、簡単に正否を確認することができます。また仮に何等かのソフト・アルゴリズム等を計算機上で走らせて「確認できた」という報告があがったとしても、元々懐疑的な観察者からすれば、ソフト・アルゴリズム等による理論の正否確認の仕組み自体の正否確認に疑問が生じることになるだけで、議論が収束する可能性は極めて低いと考えざるを得ません。 つまり、何度も強調していることですが、理論を巡る誤解を克服する唯一の決定的手段は、 適切な論理的な数学的議論を通して、理論 に含まれる数学と向き合い、数学的に関与 する ことです。本当はこれは別に宇宙際タイヒミューラー理論の特殊性の問題ではなく、どの数学にも言えることですが、上述のような意味での適切な数学的関与を拒否する限り、その数学を決定的な形で理解することはできません。 最後に、このような文脈においてもう一つ、参考となりうる考え方ですが、数学の「発展的復元可能性」という考え方です。上でも述べた通り、ある数学的理論の正否やその理論に対するある当事者の理解度を確認する方法として、最も基本的かつ直接的な確認方法は当然、その数学的理論の論理構造の細部にわたる点検ということになります。一方で、やや間接的な視点となってしまいますが、その数学的理論が正しい(あるいは正しく理解されている)場合、 その理論がもたらす、その後の応用等の 展開・発展によって理論の正しさ(あるい は理解度)を確認することができる というのが、「発展的復元可能性」という考え方です。つまり、言ってみれば、理論の正しさ(あるいは理解度)を、前述した直接的な論理構造の細部にわたる点検によって確認するのではなく、 理論がもたらすその後の発展から その理論の正しさを「復元」する という考え方です。因みに、この「復元」という考え方は、宇宙際タイヒミューラー理論や遠アーベル幾何幾何学においても非常に中心的・中核的な考え方であり、その意味でも、宇宙際タイヒミューラー理論の文脈において、この「発展的復元可能性」に注目することは至って自然な流れであると言えます。宇宙際タイヒミューラー理論の場合の具体的な事例としては、上でも言及した宇宙際タイヒミューラー理論の、 ・数値的に精密化された改良版[ExpEst]や ・まだ執筆中の更なる改良版 が挙げられます。 一方で、それほど高級な数学でなくても、この「発展的復元可能性」という考え方は様々な事例に対して適用可能です。身近な例では、学生向けの試験等に登場する、数学の「応用問題」が挙げられますが、もう少し非日常的な事例では、地球外文明の探索や古代文明の数学的理解度・成熟度の測定があります。特に古代文明における数学の場合、文明の数学的理解度・成熟度を「発展的復元可能性」の視点から示すものとしては、 ・古代バビロニアの(ピタゴラスの三つ組について 書かれた)有名な粘土板文献「Plimpton 322」、 ・エジプトのピラミッド、 ・ナスカの地上絵、 ・プマプンクの古代遺跡 等々、非常に興味深い事例が多数挙げられます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.01.01 11:57:04
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