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カテゴリ:年頭所感
読者の皆様、 明けましておめでとうございます。 昨年の特筆すべき出来事と言えば、 ・宇宙際タイヒミューラー理論の様々な改良版に関連した研究が大きく進展した 他、 ・長らく査読・出版が遅れていた様々な 論文や単行本が漸く出版され、 ・また関係者の多大なご尽力により、 ・数理研での次世代幾何学国際センター の設立、 ・仏CNRSの支援による、仏リール大学 と数理研を中心的拠点とするAHGTの 設立 という重要な組織的整備が進んだこと が挙げられます。 次世代幾何学国際センターとAHGT 次世代幾何学国際センターの場合、宇宙際タイヒミューラー理論を中心とする「次世代幾何学」がセンターの活動の対象として謳われているのに対して、AHGTの方は、学問的な対象分野は数論的幾何学のより広範囲な領域を網羅するもので、その中の遠アーベル幾何学や宇宙際タイヒミューラー理論は対象分野の一つという位置付けとなっています。 一方、どちらも2027年前後に期限のある時限付きの組織で、また数理研の数論幾何学の研究者と海外(=主に欧米)の数論幾何学の研究者のより積極的な交流を促進するという共通の目標を掲げているものです。特に、そのような交流により、宇宙際タイヒミューラー理論を巡る相互理解が大きく前進することが期待されます。実際にはこのような組織的整備が、そのような意味において、どの程度、威力を発揮し、また功を奏することになるか、予測は難しいですが、今年3月に予定されている、AHGTの発足を記念する研究集会は、(私を含む)日仏の数論幾何学の研究者が一堂に会する重要な機会となる見込みです。 NHKの番組とポアンカレの格言 昨年を振り返ると、上述の(どちらかいうと、建設的な方向性の)事例とはちょっと別の意味での「特筆すべき出来事」ということになりますが、宇宙際タイヒミューラー理論に関するNHKの番組の放送が挙げられます。2022年5月のブログ記事で詳しく解説している通り、番組の前半には比較的軽微な問題しかなかったものの、後半では、宇宙際タイヒミューラー理論を巡る数学界の混乱の正体を語る上において、(本ブログのここ数年の数々のブログ記事や、解説論文[EssLgc]で詳しく解説している通り)最も核心的な事実関係、つまり、 一部の(主に欧米の)地位ある数学者が、 単純に、理論の論理構造='∧(AND)'・ '∨(OR)'構造を巡って、実につまらない (=日本の教育制度で言うと、修士課程 レベルの)初等的な誤解・勘違いをして いるに過ぎないにも関わらず、自分たちの 「面子」や、周りの人間の「忖度」等々の 厄介な社会的・政治的力学により、それを なかなか認められないでいる という実態には一切触れることなく、ポアンカレの有名な格言の(初めて番組を視聴した際、ちょっと耳を疑いたくなるような、余りにもお粗末な)誤った解釈により、宇宙際タイヒミューラー理論について大変な誤解を招くような非常に可笑しな解説が行なわれています。 2022年5月のブログ記事(や解説論文[EssLgc]のExample 2.4.7)で詳しく解説している通り、上述の「つまらない初等的な誤解」は、球面の幾何という実に初等的な事例を通して簡単に解説可能であり、海外の数学者でも、素直に本件を巡る数学的議論に応じる姿勢さえ持っていれば、誤解の正体の丁寧な解説に対しては、つまらない誤解に過ぎないことを理解し、認めててくれますが、問題は、上述の社会的・政治的力学により、そのように 誠意を持って通常の数学的な議論に 応じる用意のある海外の数学者が非常 に少ない ということです。またNHKの番組の後半に登場したような、何名かの批判的な海外の数学者のように、専門がそもそも(宇宙際タイヒミューラー理論が所属している)数論幾何学という分野から離れていて、実は(宇宙際タイヒミューラー理論はさておき) 数論幾何学の(研究業績どころか) 基礎的知識すら全く持っていない人 たちが、恰も深い専門知識を持って いるかのような論調で、数学的に 可笑しな内容の主張を、ネットを 通して精力的に展開していることが、 状況をより一層、不必要に複雑に している という面もあります。 一般に、このようなジャンルの番組で最先端の研究の解説をする際、本来は、大学の数学教育と言わば手を携えて邁進するような協力的な姿勢で、最先端の研究と、学部学生が授業で習う数学との「地続き感」が溢れ出るような論調で解説しなければならないはずなのに、今回のNHKの番組では、可笑しな理屈により(=要は、加藤文元・東京工業大学教授(当時)や星裕一郎・京都大学数理解析研究所准教授等、宇宙際タイヒミューラー理論に詳しい数学者と、番組スタッフとの交流により、正しい情報へのアクセスが十分あったにもかかわらず、番組の後半に関しては、それらの数学者の助言を意図的に排除するという、NHKの編集スタッフの不適切な政治的な判断による方針により)、むしろ学部教育で習う数学を根底から否定するような「トンデモ系路線」に舵を切ったことは実に残念です。この「可笑しな理屈」の中核部分を成しているのが、ポアンカレの有名な格言の誤った解釈ということになります。 このポアンカレの有名な格言については[EssLgc] §1.5(の該当箇所)で詳しく解説していますが、 「数学とは、一見して内部構造が類似 しているようには全く見えない数学的 対象同士の、それぞれの内部構造を詳しく 分析することにより、実は同一の'設計図' に基づく内部構造を有している、つまり、 専門用語で言うと、'同型'であることを 明らかにする'技'を磨く学問である」 という主旨の内容のものです。この格言の主旨・「心」は、決して、ある理論が「数学」として認められるべきかどうかを判定するための、厳格な判定法を与えるというものではなく、実際、よく知られている数学の中でも、このポアンカレの格言で指摘されているパターンに則していないものは無数にあり、 則していない場合は決して数学として 認められないぞ!! というような(=即ち、NHKの番組で示唆されているような)議論は聞いたことがありませんし、数学界の常識ではまず考えられません。 しかし、いずれにしても、多くの現代数学はポアンカレの格言で指摘されているようなパターンに則していることは多くの数学者の共通認識であり、私自身もその共通認識を共有している数学者の一人です。つまり、こうしてわざわざ指摘しなければならないことに対して激しい違和感を覚えるわけですが、 私もこの「ポアンカレの格言」を一度 も否定したことがなく、むしろ肯定して いる(数多くの)数学者の一人であるだけ なく、私自身の研究の多く、特に宇宙際 タイヒミューラー理論はまさしくこの 「ポアンカレの格言」(=つまり、一見 して同型には見えないものが実は同型で あることを示すという形の内容のもので ある)に立派に則しているものである と理解しております。(宇宙際タイヒミューラー理論が如何に立派に則しているものになっているかの詳細については、[EssLgc] §1.5(の該当箇所)の解説をご参照下さい。) また、繰り返しになりますが、上でも指摘した通り、理論が、たとえ則していないものであったとしても、それでもって「数学として失格だぞ!!」というような(=即ち、NHKの番組で示唆されているような)考え方には、これまで35年以上に上る、無数の数学関係者との交流の中で一度も遭遇したことがありませんし、常識的にはまず考えられません。 欧米の「心の貧困」 欧米の数学界において地位のある人物 たちが、自分たちの面子等々、政治的な 理由のために、ある数学的理論の論理 構造に対して、'∧(AND)'と'∨(OR)' を勝手にすり替えて、それによって発生 した、事実と異なる解釈を振り翳ざして 通常の数学的対話を拒否し、数学界に おいて大変な混乱をもたらす。このよう な言動は、数学界のみの問題ではなく、 ・法の支配や ・法の適正手続の保障、 ・立証責任等、 民主主義社会の根幹を成しているはずの 基本的な民主主義的価値観を根源的に否定 するものであるにもかかわらず、欧米社会 (=この場合は数学界)のかなり大きな 割合の熱狂的支持を得るに至っている。 これまで本ブログのブログ記事でも度々指摘している通り、「ワンクリック症候群」(=つまり、何でも「ワンクリック」で手軽に手に入れたいという強い欲望)に代表されるような近年のネット文化によって更に拍車が掛かっているようにも見えますが、価値観や原則の厳格な維持や遵守よりも、自分たちが常に「ワンクリックでぶっちぎりのナンバーワン」に躍り出ることに繋がる道を圧倒的な勢いで選ぶ傾向が、ここ数十年の欧米の文化や政治において益々旺盛かつ顕著になっており、反面、そのような傾向を戒める向きの勢力は(決して皆無ではないとはいえ)日に日に劣勢に立たされ、あらゆる面において弱体化・劣化し、後退しているような印象を強く受けます。 2022年の「特筆すべき出来事」と言えば、独裁国家の一方的な行動に纏わるものが多かったように思いますが、そのような独裁国家の一方的な行動を最も強烈に後押している要因の一つが、まさに欧米社会の様々な現場において、民主主義的な価値観や原則を放棄し、とにかく何が何でも、自分がナンバーワンになるような道を最優先するぞ(!!)という、「ナンバーワン症候群」、つまり言い換えれば、一種の精神面での激しい貧困状態=略して「心の貧困」であるように見えます。差し迫った現実に対応するための、短期的な面においては、独裁国家の一方的な行動に対する「備え」としての一定の(軍事面での)防衛能力の必要性を否定するわけではありませんが、もっと深い、長期的な面においては、自分自身や自国が「ナンバーワン」であるという形の結論に必ずしも直結するわけではないとしても、 研究者が研究に対して持つべき姿勢にも 通じる考え方ですが、大切な価値観や 原則を堅持し、短絡的な思考に立脚した 「勝者の早期確定」より、複雑で多元的 な真実=事実関係や論理構造ときっちり 向き合い、抽象的な原理こそがが真の勝者 となるような環境をもたらす文化 を、持続可能な形で維持することこそ、独裁国家の一方的な行動に対する、最も強力な牽制・「備え」になることを、欧米社会の流行に惑わされ(流され?)がちな日本社会はもっと重く受け止め、自覚すべきであるように痛感した一年でした。 総括 NHKの番組が不幸にして日本国民に撒き散らした数々の誤解であれ、欧米の数学界(ひいては社会)の「心の貧困」であれ、自分の周辺で発覚した可笑しな誤解や病理に対しては、学術的活動を精力的に行なうことを生業とする立場にある人間として、その誤解や病理を逆手に取り、講演等の学術的活動のテーマとする機会に恵まれたという、(少々逆説気味な)捉え方をすることもできます。2022年に折角進展した、上述の様々な「組織的整備」を活用して、フランスを中心に、欧米の数学者との交流の機会が豊富に巡ってくることが想定される今年2023年は、年中を通してまさにそのような機会を積極的に活かしたいと考えております。 また昨年5月のように、必要が生じたと判断した暁にはブログ記事を執筆したいと考えておりますので、本年も、本ブログの閲覧、どうぞよろしくお願いいたします。
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Last updated
2023.01.04 13:49:57
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