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カテゴリ:沖縄
守礼門…というわけで、首里城です。 沖縄にきたら、やっぱりグスクの中のグスク、首里城でしょう。
お出迎えは、おなじみシーサー君。
折りしも首里城開門の時刻。
首里城正面。相変わらずわたしには修復の呪がかかっておりました…
正殿正面には大龍柱が。
正殿を囲む通路の欄干には獅子がならんでいます。 日本であって日本でなく、中国のようで中国でなく、朝鮮のようで朝鮮でない。
ここは「御差床(うさすか)」。王の玉座です。 御差床の後ろには「おせんみこちゃ」と呼ばれる部屋があって、国王と女官が毎朝ここで国家安泰、子孫繁栄などの祈りをささげたとか。 さすが、神に仕える神女が国王の次の地位という琉球王国! 国王の次の地位だった神女は「聞得大君(きこえのおおきみ)」と呼ばれ、王族から選ばれて任に就いたそうです。 おなり神信仰の兄と妹の関係は、概念的にはすべての男女間の関係に還元されるものであり、結果、男が政治を司り、女は神事を司って男を守るという琉球王国の祭政一致体制の基盤となっているようです。
ちなみに、聞得大君を擁する首里城は、政治・軍事の拠点であると同時に琉球屈指の聖域。かつては、城内に十ヶ所に及ぶ御嶽があり、さらに「京の内(けおのうち)」と呼ばれる場所で、聞得大君らが祭祀を行っていました。 この京の内は数箇所の御嶽と森や岩のある場所で、城内に自然のままの場所を囲ってあるようなところだったようですが、こここそが首里城を首里城たらしめている、いわば首里城の本質といえる場所と考えられていたようです。 首里城が復元され、自由に出入りできなくなるまでは、城内の御嶽に参る方も普通にいたようで、まだまだ信仰が生きていたそうで…現在その様子がないのがちょっと残念。
こちらは、首里城の守礼門と歓会門の間ぐらいにある「園比屋武(そのひゃん)御嶽石門」後ろにある、今では藪のようになってしまったのが園比屋武御嶽の本体です。 石門自体は世界遺産に登録されています。 ここまででなんとなく分かってきたのは、この地では人の手が入らない自然を神聖視するらしいこと。人工物の最たるものであるお城の中に、手付かずの空間をつくりそこを根源としたりしたのも、この考え方に基づくものと思われます。 と、部外者ながらいろいろと考えてしまいました…
気を取り直して、次回は神道に押され気味の仏教寺院をひとつ…次回に続く。
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