獅子舞のカラー写真から全体像を探る『伊勢大神楽-成立と地方伝播-』
=鳥取大の野津龍名誉教授が解き明かす=
カラー満載の「伊勢大神楽 成立と地方伝播」
◇東近江・八日市
鳥取大学の野津龍(のつ・とおる)名誉教授は、このほど『伊勢大神楽-成立と地方伝播-』(A4判、百四十ページ、カラー写真キャビネ判百二十枚掲載)を日本写真出版から発刊した。書店には出ていないため、一冊二千円(税別)で希望者に個別頒布している。
伊勢大神楽講社・加藤菊太夫組の加藤菊太夫氏が申込先となっているが、現在は巡業中で不在のため、親交を深める野々宮神社宮司の中島伸男氏が申し込みを取り次ぐことにした。
伊勢大神楽の成立は江戸時代で、獅子の舞とともに伊勢神宮の神札をもって全国各地を回檀(組をつくり毎年定まった家を訪問する)していた。
文化年間(一八〇〇年代)の最盛期には二十組が活動していたという。明治に入り、維新政府が神楽組による伊勢神宮の神札配布を禁止したため、東日本方面への回檀が徐々に衰退していく。
戦後は、伝統文化への無関心や生活環境の変化、さらには後継者難で多くの神楽組が姿を消した。昭和二十九年に宗教法人「伊勢大神楽講社」が組織され、昭和五十六年に重要無形民俗文化財に指定された。
しかし、下降傾向に歯止めがかからず、平成四年現在で活動をつづけているのは山本源太夫組・森本忠太夫組・加藤菊太夫組など六組で、近年、年間をつうじ回檀をおこなっているのは、わずか四組にとどまるという。
鳥取での「花魁道中」(加藤菊太夫組)
著者の野津氏は、「伊勢大神楽の危機を救うために何をすればよいか」と提起し、「若い人たちに伊勢大神楽の面白さを知ってもらう」「伊勢大神楽が日本のすぐれた伝統文化であることを世界に発信する」(「はじめに」より)ことが大切であると、本書の発刊を企画した。
「ライオンが獅子の祖型であるが、それが空想化され神秘化され神格化されたもの」が獅子の舞であるとして、伊勢大神楽がどのように成立し、どのようにその名称が付けられたかなどの歴史を説き起こす。
戦国時代、江州・六角佐々木氏残党が伊勢大神楽の源流ともいうべき太夫村(三重県桑名市)に住みつき神楽組の回檀をはじめた。野津氏は「滋賀県は伊勢大神楽を発生させた太夫たちの先祖の御霊が鎮まる故郷」であるとしている。
本書では伊勢大神楽の八つの「舞」や八つの「曲芸」(八舞八曲)について、ひとつずつ詳しい説明を加えている。また、加藤菊太夫組・山本源太夫組の演ずる舞曲をはじめ、県外各地の民俗行事としてつたわる珍しい獅子舞行事など百二十枚もの大型カラー写真が全ページを飾っている。
まさに、伊勢大神楽の「歴史と全体像」および「現在」を解き明かした決定的な著作であるといえる。同時に、掲載された獅子舞の写真を見ているだけでも十分に楽しめる一冊でもある。
申し込みの取り次ぎを希望する人は、ハガキや電話などで中島宮司(〒527-0017東近江市昭和町二-九、電話・ファックス0748-23-2255)へ連絡する。