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第13回は家康の上洛が描かれた。信長の力により将軍へのお目見え可能となったのだ。
1570年1月信長は前年の御掟に追加する形で五ヵ条からなる条書を義昭に認めさせている。
家康は同年2月、岐阜で信長に面会。その席で家康は、上洛するという信長に従うことを自ら申し出た。家康には、信長と行動を共にすることで同盟をより強化する思惑があったものと考えられている。
信長は同年3月5日に上洛。このとき、畿内の大名らもこぞって上洛し、信長に挨拶にやってきて、京は大変な賑わいをみせたという。その顔ぶれのなかに、家康の姿もあった。
緊張する家康に対して、義昭の態度は尊大。官位を金で買った田舎者呼ばわり。実際にそんなことがあったか分からないが、のちに信長が窮地なったとき、義昭から家康に出馬要請をすることになるので、ここまでひどくなかったのではないか。
上洛に応じなかった朝倉との対戦が近づいている。
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Last updated
2023.04.07 09:58:08
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