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テーマ:史跡めぐり(508)
カテゴリ:城跡と史跡(神奈川編)
関東大震災で壊滅的な被害を受けた横浜港でしたが、震災後の復興事業で数多くの建築物が建てられました。
旧外国人居留地の周辺には、震災後に建てられた近代建築物が残っており、古くからの国際貿易港らしい、レトロでエキゾチックな雰囲気が残っています。 そんな歴史的建造物を求めて、まずはかつての山下外国人居留地、日本大通りの東側から散策を始めました。 まずは日本大通りの南端、横浜公園の向かい側に建っているのが旧関東財務局のビルです。 1928年(昭和3年)の創建で、元々は日本綿花(現在の双日)横浜支店の建物でした。 1960年(昭和35年)に関東財務局として使用が開始され、現在は「THE BAYS」として横浜DeNAベイスターズが運営しています。 旧横浜三井物産ビル 関東大震災前の1911年(明治44年)の竣工で、日本で最初のオール鉄筋コンクリート造りです。 現在は「KN日本大通りビル」となり、オフィスビルとして利用されています。 旧横浜商工奨励館(横浜市認定歴史的建造物) 1929年(昭和4年)の竣工で、現在は「横浜情報文化センター」となっています。 日本大通りから海岸通りに入ったところ、開港記念広場の西側にあるのが旧英国総領事館です。 1931年(昭和6年)の竣工とされ、1972年(昭和47年)まで領事館として使われていました。 1854年に日米和親条約が締結されたのがこの場所で、現在は開港資料館となっています。 さらに開港記念広場の先には、現代と近代の入り混じった、味わい深い建物がありました。 1929年(昭和4年)に建てられた、横浜貿易会館ビルです。 日本大通りの一本東側、旧外国人居留地の一角には、日本最初のプロテスタント教会、「横浜海岸教会」があります。 1875年(明治8年)に創建されましたが、関東大震災で消失したため、現在の教会堂は1933年(昭和8年)に再建されたものです。 1923年の関東大震災では、旧山下居留地の建物がほとんど倒壊する中、倒壊を免れた建物もありました。 旧露亜銀行横浜支店 1921年(大正10年)に建てられ、2011年に改修されてからは結婚式場として利用されています。 関東大震災以前から残る建築物は本当に貴重で、一部だけでも残っているのは奇跡でしょうか。 旧居留地48番館 1883年(明治16年)に建てられたモリソン商会の事務所で、横浜では現存する最古の洋風建築物です。 英国七番館(横浜市認定歴史的建造物) 元はバターフィールド&スワイアの建物で、震災で全焼しましたが、外装だけは残っていたため再建されました。 英国七番館からさらに海岸沿いを行くと、日本・イギリスの皇室やマッカーサーも利用したクラシックホテル、「ニューグランド」があります。 1927年(昭和2年)建造のホテルニューグランド本館(横浜市認定歴史的建造物) 大正の終わりから昭和の初めにかけて建てられた近代建造物は、美しく華やかで贅沢でありながらも、どこか質実さを兼ね備えているように思います。 そんな近代建築物に魅せられたのは、皮肉にも台北に赴任している時のことでした。 震災や戦火を免れた台北市内には、日本統治時代の近代建築物が数多く残り、現在も現役の建物として利用されています。 もしかしたら日本国内では、横浜が近代建築物の最後の砦かも知れません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018/02/14 01:45:21 AM
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