カテゴリ:ブログ小説
立人のアパートは、駅の正面口である西口から構内を突っ切り裏口にあたる東口に抜けると、そこから歩いて十五分くらいの所にあった。
S駅の裏側は、再開発により駅裏とは呼べないほど街がきれいに機能的に整理された。そして、オフィスビルや高層マンションが次々と建ち並びはじめていた。 しかし、立人が住むアパートの周辺数区画はそれから取り残され、全く違った様相を呈していた。その辺りは、人通りの少ない細い通りに昔ながらの商店が並び、古い家屋がひしめき合っている。 駅から歩いて十五分という好条件な場所に建つアパートだが、部屋代は意外と安い。大家が昔堅気な人だと言えば聞こえはいいが、ボロアパートだと言われればそれまでだ。 立人の部屋は二階の一番端だった。いつもは、足取り重く一歩一歩登る階段も、今日に限っては少し軽く感じていた。 ──これも彼女のおかげだろうか 鍵を開けて中にはいるといつも通り狭い玄関でつまずきかける。暗い中、やっとの思いでスニーカーを脱ぐと手探りで明かりのスイッチ見つけた。 六畳一間のアパートに明かりを灯すと、カーテンの無い部屋から闇夜に一気に光が漏れ出した。 部屋の中は、パイプベッドとオーディオとテーブルが置かれているだけでほぼいっぱいだ。部屋の隅には、音楽雑誌やら何やらが積み重なっている。以外にもきれいなテーブルの上には、ノートパソコンだけが鎮座していた。 ──喉が渇いたな‥‥。いつもより喉を酷使したためか? それともいつもとは違うプレッシャーを感じたせいなのか? 台所の床に直接置いてある正方形の小型冷蔵庫の中を覗きこんでみるが何もなかった。 ──コンビニにでも寄ってくればよかったな。そう思いながらポケットの中をまさぐってみた。出てきたのは数枚の千円札と空美がくれた100円玉だけだった。小銭はそれだけだ。 ──いや‥‥あのお金がある! ふと、空美の言葉を思い出した。 彼女の言うとおりなら、ギターケースの中にあの中年の男が投げ入れたコインがあるはずだ。 ──500円玉なら今日はビールが飲める! 立人は慌ててギターケースを開けると、中身も出さずに手探りで中を確かめ始めた。 ──あった! それはギターの尻に敷かれていたあたりから容易に発見できた。だが、手にとって見るとかなり違和感がある。自分の知っている500円玉の感覚と違う。 大きさはちょうど500円玉と同じくらいなのだが、表面がまるで溶けたように凹凸が無くなっていた。本当に500円玉なのか判別できないのだ。 裏返してみると何かくっついていた。 アルミ製の薄く丸いプレートがチューインガムのようなもので貼り付けてあった。 そこには数字が刻みこまれていた。 「0083」そう読めた。 そのプレートの端には小さな穴が開いていた。それが何を意味するのか、立人は容易に推理できた。 ──これは何かの鍵に付いていたプレートだ。つまり0083番の鍵がチェーンか紐で繋がれていた。そう、コインロッカーの鍵のような‥‥ 喉の渇きも忘れ、彼はそのプレートが付いたコインを不思議そうに見つめた。 翌早朝、S駅一階の北側階段下にあるコインロッカーの前で、男の死体が発見された。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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