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セラフィムの証拠「聖なるかな、聖なるかな、聖なるであることは、主の元に来ることができる」

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2021.12.05
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カテゴリ:スピリチュアル
病や死を忌み嫌うのは、肉体第一主義だからです。
魂第一主義だと、肉体は一時魂を宿すための器に過ぎません。

神を見失っていると、優先順位は肉体が先に来ます。
ところが、神に通じるイエス・キリストの愛を受け入れ神を見出すと、不滅の魂が先に来て、滅する肉体は後になるのです。

神に通じるイエス・キリストの愛は、慈愛に満ちています。
それは暖かくて心地良く、自然と涙が溢れ、傷ついた心を癒やしてくれます。
一度その愛を感じてしまうと、誰もがファンになるでしょう。
これは感覚の問題なので、感じないという人がいてもおかしくありません。
縁もあって出会うのでしょうから。

地球を司る神が劣位だと言われるのは、神であり愛である存在を見失っている人が後を絶たず、次元が上がらないからです。

では、神(愛)を見失っている人達に、そのことに気づいてもらうにはどうすればいいのでしょう?

相手が感謝しなくても、愛を与え続けるしかありません。
そして、最後に気前良く肉体をも差し出す。
すると、肉体第一主義の人は、そこで初めて命まで犠牲にして愛してくれていたことに気づくのです。

私にとって癌は、そのためのものでした。

Seraphim






Last updated  2021.12.06 13:00:45
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