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テーマ:DVD映画鑑賞(14209)
カテゴリ:映画
■意志があってしたことではないのに、なんかその場の雰囲気で”何か別の者”になりすましてしまうという経験をしたことのある人は多いのではないか。たとえば、「スイングガールズ」の竹中直人のように音楽の初心者が生徒に請われて楽器の演奏を教えなければならないはめになるみたいな。
■わたしにはそんな資格はないと言っても、いやいや謙遜なんかしてとか言われて、ついつい本当の事を言いそびれて、どんどん深みにはまって、明日は大舞台みたいな夜に逃げ出してしまいたくなってしまう。資格なんて言うんじゃなかった。ちゃんと免許がないって言っておけばこんな事にはならなかったろうに。けっこう日本人のコミュニケーションにはそういう行き違いって多いと思うんだ。 ■鶴瓶の詐称の動機が意識的なものか巻き込まれ的なものか最後まで明らかにはされていないわけだが、笹野村長が宴席で瑛太君に何度も何度も語っていたように、おそらく彼はあの村に請われてやってきた偽医師であり、自分から騙そうというたくらみを持ってそうしたのではない。でもその理由がどっちであっても、そのこと自体はこの映画の大事な部分ではないように思う。 ■こういうストーリーだよって筋道立てて説明して面白さが伝わる種類の映画ではない。いつの時代のどんな場所のどんな人たちの物語であるかというよりも西川美和という監督が創作した作品なのだということの方がわたしにとって吸引力がある。 ■彼女が描く世界観が好きだ。そこにいる人物やそこにある物をそんな描き方もあるのかと思わせてくれる多面的な捉え方が好きだ。この映画を見た後で原作本と言われる「きのうの神さま」を再読したが、その小説のカバー写真とトビラの写真は同じもの(ある植物)を写しているのに一方はカラーで、もう一方は白黒、そして両者の天地はそれぞれ逆さまになっている。 ■映像でギクッとさせられる。冒頭の自転車に乗った白衣の男の後ろ姿は鶴瓶師匠そっくりで誰もが彼から始まる物語を想像し裏切られたわけだし、八千草薫の鏡台の前にすくっと置かれた口紅は段々と蝋燭の炎のように見えてくるし、流しに置き忘れられたままの溶けはじめたアイスキャンディは泣き崩れた女のような形に見える。 ■セリフにドキッとさせられる。冒頭、窓から外を眺めて岩松了が言う「夜が暗いな」はその言い回しを含め会心の名セリフだと思う。女たちがさりげなく交わす会話。松重警部が村人たちに詰め寄るセリフ。(鳥かごではなく)薬売り香川が椅子からひっくり返って彼に言い返す言葉。そういう辛辣で心の深いところを突いてくるダイアローグの数々は誰かの作風に似ていると思ったら、向田邦子だった。 ■好きなシーンはたくさんある。胸打つセリフもたくさんある。なによりラストシーンが好きだ。見終わった後、映画で良かったと思える作品は特別である。それは映画が良かったと振り返るよりも一段上手であると思う。 PS ■近年八千草薫は笠智衆の域に近づいていると思う。観音様みたいに彼女がそこにいるだけで成立する映画がこれからもっともっと増えていくのではないか。野良着も似合うかわいい女性を演じさせたら彼女の右に出る者はいない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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