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カテゴリ:テレビ番組
■プロのタクシー運転手。それはどんな客を乗せても、それがどんな行き先であっても、その客がどんな荷物を持っていても、その人と荷物を目的地まで運んでやり、気をつけて行ってらっしゃいと送り出せる人物の事だ。
■20数年前、上野で拾った客は前途有望な若い女の子だった。偶然その子を再び乗せた時、その子はちょっと品の悪い男と一緒で、なにやら複雑な事情を抱えているように見えた。運転手は黙って車内のふたりのやりとりを聞いた。 ■プロの運転手なら、傷心の彼女を黙って上野に送り届けるだけだったかもしれない。でも彼はまだまだあまちゃんだった。彼女に同情し、言わないでも良いことまで口に出してしまう。諦めたらだめだ。夢を叶えるべきだと。 ■鈴鹿ひろ美の潮騒のメモリーは彼女の歌だ。以来あまちゃんの運転手はその歌が世間に流れるたび、なにやら誇らしく思った。この歌を歌っているのは彼が東京に引き留めた彼女だったからだ。だから彼女のリサイタルには駈けつけなければならない。みんなが彼女の歌に感動するのを見届けなければならない。 ■それでも運転手は客を送り届けなければならない。重い荷物も持ってあげなければならない。その客は家族に黙って北に行く。もうあまちゃんではない運転手はその客にどんな事情があっても、その要求には従わなければならない。 ■そんなわけでその運転手はリサイタルには間に合わなかった。そこにいた皆は感動していた。やっぱり良い歌だと感動していた。当たり前でしょ。だって彼女が歌った歌だもの。彼の大好きな彼女の歌だもの。運転手はそれが聴けず悔しかったけどちょっと誇らしかった。 ■運転手は北三陸で結婚式を挙げた。なぜか単独ではなく他の二組との合同結婚式だ。一組の新郎はやはり運転手だ。でもタクシーではなく鉄道の。緊張しているのか怒っているのかわからない。でも怒る理由もわからない。 ■もう一組の新婦は彼の妻になった人の影武者だ。彼女の歌声が彼の妻のものである事を知っているのはこの6人の中の4人だけだ。でもあの人がいたから彼らは出会えた。だから感謝もしている。その夫になった品のない男にもだ。 ■運転手はまたしても誇らしく思った。あの時、彼があそこを走っていなければ今日のこの日はなかった。そして最後に運転手は願った。次は彼の娘がこの物語の主役としてみんなの目に焼きつくことを。いつまでも忘れられない主人公であり続けることを。彼は琥珀の指輪を見ながらそんなことを思っていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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