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東日本大震災から1ヶ月がたった現在、まさか原発事故の収束の見通しがまったくたっていない状況になるとは思ってもみなかった。 どんなに大きな事故だったとしても、この時期にはある程度落ち着いて、今後の対策などしっかりとした計画が発表されるだろうと期待していた。それがどんなに長い時間をかけての復旧作業だろうと。 でも現実はなかなか進展していない。 それどころか余震により一時注水が止まったり、他の原発でも危機があった。これは原発に耐震性はないと言っているようなもの。それでも全国の原発は動いている。 フクシマからは放射性物質が漏れ続けている。 ついにチェルノブイリと同等のレベル7になった。
この1ヶ月、淡々と日常生活を送りながらも、「原発」 という言葉に敏感に反応するようになり、緊急地震速報の音が鳴るたび福島はどうだろう、他の原発はどうだろうとドキドキするようになり、毎日のニュースで遅々として進まない作業に不安でたまらなくなり、ブログをする気も、本を読む気もおきないほど。 センバツ高校野球の開会式では選手宣誓で号泣したけど、試合は結局あまり見ることもなく終わってしまった。この私が高校野球も活字も見る気にならなくなるなんて!!こんなことは初めて。
だけど、ここで一旦気持ちの整理をつけようと思う。 怖がってばかりいても仕方ない。 生かされている私たちは、どんな状況でも生きていかなければいけないのだ。 放射能のある暮らしを覚悟しなければいけないかもしれない、個人が測定し自分の被曝量を計算し、自分自身を、家族を守っていかなければいけない日がくるかもしれない。気にもとめないで飲んでいた水や、食べていた野菜をチェックし、細かいところまで緊張しながらの毎日がやってきたとしても、それでも命のある限り私たちは生きていくのだ。 そう考えたら、ビクビクしてばかりいないで、泣いてばかりいないで、元気出していこう、そう思えるようになった。1ヶ月かかったけどね。
地震の前からも頭の片隅に原発の危険性を知っていながら生活していたけれど、これからもっと気にかけながら過ごしていくことになるだろう。しかもその生活がずっと続くことになるだろう。それでも笑顔で楽しい毎日を過ごせるようがんばっていこうと思う。
明日が来る限り。 命のある限り。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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