三人寄れば文殊の知恵

2010/10/30(土)23:03

嘘つく乞食はもらいが少ない!

四国遍路(168)

だらだらと感情的な文章を書いてしまいましたので、読みにくいと 思った方はパスしてください。 夕方、久々に、乞食さんが来られました。 「すいません、少し恵んでいただけませんか?」 「食べ物でいいですか?」 「足が悪いので、列車で帰るので、少しでも結構ですから  お金を下さい」 「・・・」 「200円でも300円でも結構なんですが」 「すぐそばに交番ありますが・・・」 見るところ、乞食まがいというよりも、本当に乞食みたいなので 場合によっては少しあげてもいいのかなと思ったのですが・・・ 次からの話で気が変わりました。 「昔悪いことをしていたので、交番は苦手なんです」 「どこまで帰られるんですか?」 「松山のほうまで・・・」 「ええ~松山!、200円では無理でしょう。やはり交番で・・・」 「実は自宅ではなく親戚の所へ行くんですが、その親戚に役所で  お金を借りるなといわれているんです。」 「しかし、200円ではいくらも進めませんが」 「それで、あちこちのお寺を回ってお金をいただいて・・・」 「もう夕方になるのでそれは無理でしょう」 「いえ、列車で進めるところまで進んで、またそこで・・・」 「そんなの無理でしょう」 ついに怒ってしまいました!(;一_一) 「食べ物もないので、何か下さいというならともかく、  お金が欲しいというのはおかしいでしょう。そう思いませんか?」 「だめですか?」 「だめです!」 私は以前乞食まがいの生活をしていたこともあるので、乞食にも 理解があるつもりですが・・・ 嘘をつくな!(怒) 嘘をつく余裕があるなら乞食なんかするな! 乞食で思い出しましたが、「歩き遍路」「野宿遍路」に対しても 私は厳しい意見を述べると思われているようですが、それも 事実に反しています。 「歩き遍路」「野宿遍路」の方も、「遍路」に対して興味を 持っておられるのは判りますが、もう少し、 「なぜ四国が霊場なのか」考えてほしいと思いますね。 自分の仕事がありながら、休みを取って、 「わざわざ四国で野宿をして遍路する」っておかしくないか? 帰る場所もある、仕事もある人間が「遊び」で「野宿」しながら 遍路して何がわかる? 四国で野宿をしながら遍路するのなら、家屋敷も引き払って 仕事も辞めて本気で取り組んでほしいですね。 それでこそ判るものがあるというものです! 少なくとも、行くあてもなく四国を彷徨う人が結構いるにも 関わらず、帰るところがある人が「遊び」で「野宿」しながら 「遍路」ってふざけていませんか? 「野宿」は外してほしいです。 「歩き遍路」の方にも、徒歩旅行が目的なら他所で お願いしたいですね。 四国は「霊場」です。 お参り重視でお願いしたいです。 それと「歩き遍路」は特別だと思っている人は やめてほしいです。 ただ、最近思ったことですが、四国の人の感覚も 変わってきましたね。 昔はそんな人もいなかったのでしょうが、お遍路さんで儲けようと 考えている人もいるようです。それこそ、昔のお遍路さんは 四国の人よりも貧しかったし、四国遍路も大変だった。 しかし、最近はお遍路さんのほうがお金を持っているようですし、 何より、お遍路さんに余裕がある。 「元気でないと歩き遍路なんかできない」 四国の人からそういう言葉を何度も聞きました。 それはないでしょう。 「元気じゃないからお大師さんにすがってお遍路するんですよ」 昔は歩けない人や眼が見えない人が周りに助けられながら 歩いて治したものです。 最後に、その乞食さんが寂しそうに帰っていく姿を見ながら、 なんとなく後味が悪い感じがしました。 人気ブログランキングに参加しています。 クリックよろしくお願いします。        ↓     

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