鏡 タルコフスキー
ああ、いかにわたしが叫んだとて、いかなる天使がはるかの高みからそれを聞こうぞ? よし天使の列序につらなるひとりが不意にわたしを抱(だ)きしめることがあろうとも、わたしはそのより烈(はげ)しい存在に焼かれてほろびるであろう。なぜなら美は恐(おそ)るべきものの始めにほからなぬのだから。われわれが、かろうじてそれに堪(た)え、歎賞(たんしょう)の声をあげるのも、それは美がわれわれを微塵(みじん)にくだくことをとるに足(た)らぬこととしているからだ。すべての天使はおそろしい。こうしてわたしは自分を抑(おさ)え、暗澹(あんたん)としたむせび泣きとともにほとばしり出ようとする誘(さそ)いの声をのみこんでしまうのだ。ああ、ではわたしたちは 誰をたのむことができるのか? 天使をたのむことはできない、人間をたのむことはでき ない、そして、さかしい動物たちは、わたしたちが世界の説き明かしをこころみながらそこにそれほどしっかりと根をおろしていないことをよく見ぬいている。それゆえ、わたしたちに残されたものとてはおそらく、わたしたちが日ごとなにげなく見ているような丘のなぞえのひともとの樹、昨日あるいたあの道、または犬のように馴(な)れついて離れぬ何かの習癖(くせ)、これならわたしたちのもとに居ついて満足している。(ドゥイノの悲歌 第一の悲歌 手塚訳、岩波文庫p7-p8) 鏡 / ストーカー / Zerkalo / Stalker - Andrey Tarkovsky 【CD】