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先月27日、ミャンマーの最大都市ヤンゴンにおいて、日本人カメラマン長井健司さん(50)が治安部隊の発砲により死亡しました。長井さんの遺体は日本に戻され、昨日(10/13)は故郷の愛媛県今治市にて告別式が行われました。そうした中で、イランでは旅行中の日本人大学生、中村聡志さん(23)が、地元の麻薬密売組織に誘拐され、解放の条件として指導者の息子の釈放要求がイラン政府に出されました。
何れも、紛争地域において現地治安部隊に銃撃されたり、犯罪組織に誘拐されるという、邦人の被害事件としては一般的ではない出来事なのですが、4年前の「イラク人質事件」と違って、日本国内では被害者に対する批判の声は起こっておりません。ある意味で、危険地帯に自ら踏み込み、被害に遭ったという点については共通性があるのですが、世論が批判的にならないのは何故なのか、それを考えてみようと思います。逆にいえば、何故例の「三馬鹿」だけが批判されたのか、ということです。 1.事件発生時点での現地状況 ミャンマーにおいては、紛争というよりは軍事政権による強権政治が続いており、それへの平和的なデモが僧侶によって引き起こされたという状況でした。外務省からはノーマークではないにせよ、高度な渡航自粛勧告が出ていた訳ではなく、ジャーナリストとして反政府デモを取材することが、非常に危険だった訳ではありませんでした。従って、長井さんが現地で取材活動を行うことについて、非合理的な理由は見当たりません。 一方、イランで人質になっている学生、中村聡志さん(23)の場合も、戦闘地域に踏み込んで行った訳ではなく、学生としての探究心に基づく行動であり、結果として拙かった部分はあるものの、非難するのは酷なように思います。確かに、米国が「悪の枢軸」と名指ししている国であり、米国との関係は宜しくありませんが、交戦状態にある訳でもなく、その地域に踏み込んだことに判断ミスがあったとは思えません。今回の加害者は犯罪組織であり、運悪く彼等の標的にされてしまったということでしょう。勿論、行かないにこしたことではありませんが。 2.被害者の現地入りした理由 長井さんについては、プロのジャーナリストであり、惨劇の場所ヤンゴンに行ったのは契約していた通信社の公務だった訳です。決して物見遊山で行っていたのではありませんし、彼が現地で取材することに関し、何等疑問の余地がありません。 中村聡志さんの場合は学生でもあり、私的な旅行だった訳ですが、学生の海外行動として特段常軌を逸していたこともなく、不可抗力という側面が強いと思われます。 3.被害者の人間性 長井さんの人柄は、多くの方々から高く評価されており、世界中で苦しんでいる人達を何とかして救おうという志を持ち、カメラマンとしてレンズを通して現地の実態を世界中に伝えようという、純粋な気持で生きて来られた方でした。中村さんについては、大人しいながらも、アジア地域でのボランティア活動に従事し、仲間内でもムードメーカーとして信頼されていた模様です。 ここで明らかなことは、お二人とも非常識な人物ではなく、冷静な判断力と良識を兼ね備えた人達であって、彼等の行動には突飛な要素がなく、「自業自得」と指摘される点が見当たらないということです。要するに、変な奴等が引き起こした暴挙ではないということです。 4.常識的な御家族 例の「三馬鹿」と大きく異なるのは、御家族に非常識な言動が全く見当たらないことです。これが非常に大きな要素かも知れません。自分達の非は棚に上げ、「何をやってるんだ。早く助けろ。自衛隊なんか撤退すれば良いだろう」等と、恥知らずな言動が家族になければ、件の「三馬鹿」もあそこまでは非難されなかったと思います。 5.政治的な中立性 一概には言えませんが、例の「三馬鹿」の内二名は実質的な反政府活動家でした。もう一名は、突飛な発想に基づく戦災孤児の救済活動(?)を行っており、テロが蔓延した危険なイラク国内で、資金力も組織力もない一外国人の手に負える活動ではなかったのです。 斯様な政治的背景に基づき、余計なことをするために、周囲の制止も聞かず、極めて危険な紛争地域に飛び込んで行き、国内外へ大迷惑を掛けておきながら、きちんとした謝罪もしていないのですから、非難轟々となるのも当然です。 要するに、反政府的な思想が背景にあって、それが原因で政府に多大な迷惑を掛けておきながら、謝罪という常識的な対応をしなかったことが問題になった訳です。 以上、僕が思うところを整理しましたが、大体こういうところではないでしょうか。今更ながらに、件の「三馬鹿」のお粗末さ加減を痛感致す次第です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 15, 2007 01:48:11 AM
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