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カテゴリ:漫画
藤田貴美作品集(1) 元号が昭和から平成に変わろうとしていた時、少女漫画界に「藤田貴美(ふじたたかみ)」と云う一つの衝撃が静かに訪れました。表題作は「花とゆめ」平成元年6号に掲載された彼女のデビュー作です。デビュー20周年を記念して『藤田貴美作品集』として文庫で再版されてますので興味のある方はどうぞ。 私が最初に藤田作品を知ったのはこの単行本に採録されている『天使たち』(平成2年)です。誰もいない教室で平然とセックスをするカップル、妊娠し子供をオモチャのように堕胎する高校生、学校に呼び出され悪びれもせずに「子供なんて殺せば済む事じゃないですか」と言い放つ母子家庭の母親。小中学生時代、少女漫画といえば「りぼん」を読んで育った私にはこの「痛み」や「虚しさ」が鮮やかな才能に感じられました。 藤田貴美の作品は暗い絶望を描いた物ばかりではなく、表題作のようなほんわかした空気の物もあるんですが、基本的にハッピーエンドの存在し得ない彼女の世界に描かれる「空虚さ」「儚さ」、そして時として「結局何も思い通りにならない」という、少女漫画としてある意味読者には受け入れがたいタブーのようなものを平気でやってのける姿勢は傲慢にすら見えました。誌名は忘れましたが、『EXIT』連載初期の頃の漫画誌のインタビューで「最近綺麗だと感動したものはあるか?」と問われて「自分のカラー原稿くらいかな」と答えたような「強気」とも言える人物像とは裏腹に、何も残らないかのような空しい彼女の作品は決して独りよがりな物ではなく、むしろ読んでかなりの満足感を読者に与える作風でした。 デビュー作から既にレベルの高かった藤田貴美ですが、この単行本の2番目に採録されている『瀕死のミスイノセント』は夢の中で罪を犯したので自分の死期がもう近いと思い込む、パン屋でバイトする少し普通ではない女の子が主人公の物語です。雲を追いかけて歩いていたらいつの間にか路上で寝ていたという一味違う月美(つきみ)に惚れた琴生(ことお)と、彼を天使だと思い込み天使に恋するという罪を犯した自分は死ぬのだと最後まで思い込む月美。どこか尋常ではない登場人物達が織りなす物語に少女漫画の常識を打ち破るような何かがありました。 繊細なタッチで危ういほど性を前面に出した作品の数々に酔えます。 『空中回廊』ではいつも何を見ているのか分からずとらえどころのない、そのまま消えてしまいそうな砂月(さつき)が親の離婚を機に本当に家出して弥枝(やえ)の前からいなくなってしまいます。砂月が家出をすると知って門限を破り土手で語り合う二人。今まで一度として自分をまっすぐに見なかった砂月が初めて弥枝の目を見て「言っとくけど俺は逃げ出すんじゃないぞ」「葉山でも伊藤でもないただの砂月になって何か探しに行きたい」と言う。ずっと一緒にいたにもかかわらず、結局弥枝には砂月の心は分からず、彼は彼女の前からも皆の前からもいなくなる。 「弥枝っ 気を落としちゃだめよ! きっとすぐ戻ってくるわよ!!」と言う母に弥枝は「お母さん甘いわ」と冷めた返答をする。幼馴染みが忽然と姿を消した世界に弥枝は取り残され、世間が砂月のことを忘れ始めて訪れる単調な日常の中で彼女は彼を忘れない。砂月が戻ってくることは決してなく、ただ「これからの未来砂月と相対するすべてのひとたち お願い 砂月を撃たないでね」と願う弥枝。自室の窓から初夏の空を見上げ、手で銃を真似て「バンッ」と何もない場所を撃つ弥枝、雲の狭間に「はずれ」と小さくつぶやく砂月の幻影が見えただけ。 少しも思いが伝わらずに欠けたままの心ですが、読後感は悪くなくむしろ良いです。 私が特に気に入ったのが前述の『天使たち』。 「あたしハルヒ気に入っとるよ 性格もあっちのサイズも一番合うしなあ」と言うマホリ。授業を無視していちゃつく高校生二人。ハルヒの友達のヒデローは何故か遅く帰りたいと言う。父に捨てられてから我が子に対して異様に過保護になったハルヒの母。マホリの妊娠を知るハルヒ。「子供が子供産んでどないするんや…」、冗談半分に「なあ あたし 産んでみたいなあ…と思ったんやけど…」と言うマホリ。 ハルヒは「妊娠した女とはセックスって出来へんのかな」と現実に向き合う姿勢すらない。性欲のままに同級生を妊娠させた事実をあまりにも軽く見るハルヒ。「…なあハルヒ あんた私のこと好きか?」「好き」と中味のない言葉。校内でセックスをしていて教師に見つかり、それぞれの母が学校に呼び出される。 片親だからこんな不良に育つのだと怒りをぶつけるマホリの母、「ハルヒは不良ではありませんわ とても気立ての優しい子です」といなおる、息子を溺愛している相手の母。 マホリの転校が決まる。「ハルヒ 私の前から消えて欲しいんやけど …って言うたってムリやけん 私があんたから消える」 病院で堕胎して始めて初めてその屈辱を知るマホリに対して、「ばいばいする前に もっかいしたいわぼく」と相手の痛みすら理解できないハルヒ。 粘液がねばねばまとわりついて、死にたくない。死にたくない。死にたくない。巨大な子宮に包み込まれていて、息も出来ずに、内壁に爪を立て、もがくだけの夢を見るハルヒ。 大きくなる前にと幼い頃、父に殺されようとした過去がよぎる。 自分を捜しに来たヒデローが「家 出ようと思うんや…」とハルヒに告げる。思い出せなかった父の顔を本当はハッキリと覚えていた。「おれらとまったく 同じ顔しとったわ…」。 『赤い群衆』(『CAPTAIN RED』採録/平成3年)なんてひとかけらの救いもない作品でした。何かに「焦がれる」という気持ちが決して前向きなものではなく、「失うばかりで望む物は何も手に入らない」という絶望です。 採録作
お薦め度:★★★★☆ この後『CAPTAIN RED』『EXIT』(未完)へと活動が続きます。 透明ブックカバー☆文庫版ブックカバー(5pack)☆ 透明ブックカバー☆文庫版ブックカバー(10pack)☆ にほんブログ村
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最終更新日
May 18, 2009 02:21:44 PM
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