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カテゴリ:小説
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「突然だけど私は倉内美帆、あなたは?」 入学式も終わり、一年D組の教室の自分の席である窓際最後列で燈姫がホームルームを待っていると、突然少女がそう話し掛けてきた。鳶色の長めのショートヘアに、大きくて丸い黒の瞳。燈姫に勝るとも劣らぬかわいらしい容姿で、そして燈姫とは対照的に満面の笑顔であった。 美帆は燈姫の前の席で、今は体を横にして燈姫の机に頬杖をしている。 「・・市橋燈姫」 「へぇ、燈姫っていうんだ、じゃあじゃあ、私のことは「みほほん」でいいから、「燈きち」って呼んでいい?」 美帆はいきなり意味不明なことを言い出した。マジメな性格であった燈姫でなくとも少しは引くであろう。 「・・・・そう呼ぶことに何のメリットがあるの?」 「仲良くなる!」 燈姫の質問に美帆は即答した。 「・・・・要するに、友達になってほしいの?」 「うん!」 またも美帆は即答した。まるで燈姫がどんな質問をしてくるのか知っているかのようである。 「・・・・いいけど・・その・・燈きちというのはヤメてくれない?」 「イヤ」 満面の笑顔で美帆は即行で拒否した。 「・・・わかったわ、それじゃあこれからよろしくね倉内さん」 燈姫は故意にみほほんと呼ばなかった。 「よろしく!」 美帆はそんなことまったく気にせずに返事した。 「それじゃね!」 美帆は元気一杯に燈姫から離れていくと別の女子に話しかけた。後でわかったことだが、彼女はクラスメイトの男女問わずにみほほんと呼ばせようとしていた。 燈姫にはその行動が理解できなかった。彼女が外れているのか自分が外れているのかは解らないがとかく自分の世界の範疇から超越していた。 ガララ ふいに教室の前のドアが開いた。立ち歩いていた生徒はサァーっと自分の席に戻った。 「みんなこんにちは」 教壇に立った若いメガネの男の先生が挨拶をしてきた。 「「「こんにちは」」」 クラスの面々はそれぞれのタイミングでばらばらに返事をする。 「僕が君達の担任となった国語の南波英彦だ。皆これから一年間よろしく!」 その先生は元気一杯に初めの挨拶をすると、脇に抱えていた黒くて分厚いファイルの中から一枚の紙を取り出し、さらにワイシャツの胸ポケットにしまっていたペンを手に取った。 「まずはみんなの自己紹介から始めよう。名前と好きなものと特技と、あと入りたい部活を言ってね。あ、ついでに生徒会に立候補するかどうかの意思も」 そして、廊下側の最前列から順に自己紹介が進んでいった。 数分後、順番が回ってきたのか燈姫の前の席の美帆が立ち上がった。 「こんにちはっ!倉内美帆でっす!好きなものはぬいぐるみと甘いもの!特技は歌とダンス!部活に入る気はないけど生徒会役員に立候補したいです!」 美帆の最後のセリフに、クラスの何人かがびっくりした。 「み、美帆!やめときなさいよ!」 女子の一人が呆れつつも言った。 「何を言うのよさとっち!生徒会はねぇ、頭いい人がやるんじゃなくてやりたい人がやるものなのよ!」 元気一杯力説するが、凄まじい勢いで例えがおかしい。それを言うなら「人にやらせるのではなく自分から進んでやる」だ。 「というわけでみんな~!応援よろしくね?」 美帆が太陽も真っ青の明るい満面の笑顔でウィンクすると、クラスの男子全員がまるで矢で胸を射抜かれたようにびくっとした。 「ぃいいよっしゃあああ!」 「おれぜってー倉内・・じゃなくて美帆さんに一票入れるぜ!」 クラスの男子が口々にわめき始める。 ちなみに今のところ生徒会役員への立候補者は美帆だけだ。燈姫は内心安心し、立ち上がった。 「市橋燈姫です。好きなものは甘いものです。特技は剣術や抜刀術です。部活動に入部する気はありませんが・・・」 何やら物騒な特技だが、そこで燈姫は一旦言葉を切って、大きく深呼吸をして、大きく言葉を言い放った。 「私、市橋燈姫は生徒会長へ立候補します!」 有希はそう言って頭を下げた。 「「「・・・・・・・・・・」」」 クラスの面々はしばらく声が出なかった。 そしていきなり、クラス中に大きな歓声がわきあがった。 「「「いぇぇぇぇぇぇぇぇいっっっっ!!!」」」 クラス中からの歓声に、燈姫は若干びびりつつも、それでも心中は喜んでいた。 『み、みんな・・そんなにクラスから生徒会立候補者が出るのがうれしいのかな?』 本人はそう思っているが、それはまったくのお門違いである。 『やべぇ!めっちゃかわいいじゃん二人とも!』 『倉内は年下で、市橋はオトナだ!』 『お、おれ、どっちも応援する!』 クラスの大半・・・男子はみなそんなことしか考えてなかったりする。 ◆ ◆ 燈姫の家は愛衣之の街の森の中にある「愛衣之神社」である。正確には本殿や拝殿とは別の母屋が住居であり、江戸時代には旅芸人などの宿泊も行なっていたという。燈姫の母親はこの神社の巫女で、昔はとても美人で有名だったという。燈姫のその美しい顔立ちもその母親から受け継がれている。父親はドイツ人の牧師で、現在は妻、つまり燈姫の母親とドイツに住んでおり、教会の牧師をしている。 燈姫は去年までドイツに住んでいたが、「日本の学校に通いたい」という本人の願いにより、ドイツから日本に引っ越して、現在は母親の実家であるこの神社に身を寄せている。この神社には神主であり燈姫の祖父である老人と、母親の弟と住んでいる。 「ただいま」 燈姫はガララと玄関の扉を開けた。現代の民家においては珍しい引き戸である。造りは日本古来の民家であり、木造である。玄関から廊下を通って奥に行くと階段があるのだが・・・・。 「おかえりじゃのう、燈姫や」 さわさわ と、お尻の妙なくすぐったくて不快な感覚と同時に、腰の辺りから声がした。しかし、燈姫は振り返らずそのまま拳を腰のあたりに高速で振るった。凡人なら百%避けられないのだが、感触はない、つまり避けられた。 「なんじゃつまらんのう、へるもんでもないのに」 「やめてくださいと言ったはずです、おじじ」 燈姫のお尻を撫でていたのは、神主姿の老人であった。輪無唐草紋の黒袍、白八藤紋の白奴袴、繁紋の冠という、神主の中でも特級のいでたちに、お腹まで届く白いひげ、服装が白い着物で杖を持っていたなら仙人にも見える。この老人こそ、燈姫の祖父である市橋巳衛門である。 「老人の数少ない楽しみを奪うでないわい」 「その数少ない楽しみがセクハラなら容赦なく奪ってさしあげます」 「つまらんのう」 そう言って巳衛門は隣の襖を開けるとその中に消えた。燈姫はそれを見届けることもなく奥の階段を登って二階の自室に向かった。 カチャ この家では、二階だけが唯一洋風の作りになっている。といっても、ドアや窓ガラスを追加し、壁紙を張っただけで、構造自体は和風のままである。故にほかではあまり見られないような、和風+洋風のおもしろい風景である。マニアがいたら即写真撮りまくりだろう。 燈姫の部屋は、高校生らしからぬ風景をしていた。八畳と言う広い部屋の半分の壁際には本棚がびっしりと並べられ、これまたびっしりと本が並べられている。その多くは文庫だが、辞書も多く、そしてマンガや雑誌は皆無だった。露出している壁紙は白いが、そこには日本刀やらライフルやら物騒なものが打ち付けられた釘に引っ掛けて飾ってあった。 高校生どころか、まともな人間の部屋ではない。が、窓が大きく明るいのと、壁紙の色と、部屋全体が綺麗なのが相まって、とてもすっきりとした清潔な印象をあたえる。そこに燈姫がいるのだから、まるで違和感がなく逆に「これが自然体なのか」と感心してしまう。 燈姫は机にカバンを置くと、引き出しから適当に服を引っ張りだしてそれに着替えた。学園の制服であるブレザーをハンガーで壁にかけると、すたすたと一階に降りた。 居間の襖を開けると、冠を取った祖父が呑気にお茶を啜っていた。燈姫はテーブルを挟んで巳衛門の向かいに正座する。 「おかえり、燈姫ちゃん」 「ただいま、宗一郎さん」 隣の部屋からお茶とお菓子の乗った盆を運んできたのは、長身でスリムな青年だった。短くも長くも無い適度な黒髪に透き通った白い肌、黒い瞳は燈姫にそっくりである。 彼は市橋宗一郎。燈姫の母親の弟である。 「ありがとうございます」 燈姫は礼を言うと、差し出された湯飲みに手をかけた。右手の親指を湯飲みにかけ、それ以外の指は揃え左手の親指を人差指に付けている、これは作法を知っている者の飲み方だ。 「ふぅ・・おいしいです」 「どういたしまして」 宗一郎は優しく笑った。中性的な顔立ちと耳が隠れる程度の髪のおかげで、女性に見えなくも無い。 「そういえば、生徒会長には立候補したのかい?」 宗一郎は燈姫の斜め向かいに座りながらそう訊いた。 「ええ、クラスからは一人役員への立候補者がいました」 「へぇ、そうか。じゃあ、将来はその子とがんばるんだね」 「いえ、まだ会長になったわけではありません、これから一週間選挙活動があります。投票は来週の今日、発表はそれ以降になると思います」 「僕がそこの生徒だったら、迷わず君に一票入れるよ」 「ありがとうございます」 「・・・わしだったら入れんぞい」 それまで静かにお菓子を頬張っていた巳衛門が唐突に口を割った。 「生徒会長というのがどんな役職か知りゃせんが、会長職がおまえのような未熟者にできるとも思えん」 「お、お祖父さん・・」 宗一郎が制するが、巳衛門は気にせず続けた。 「会長になった暁には、どんな苦労が待っとるか・・・・おまえにはまだ早いのじゃよ」 「・・・・さぁ?それはどうでしょうか」 巳衛門の言葉に、燈姫は自信満々に答えた。 「生徒会長というのはですね、頭いい人がやるんじゃなくてやりたい人がやるものなんですよ」 燈姫はそうのたまうとお菓子を口に放り込んだ。例えは間違っているか、それは意図的にだ。燈姫はあの美帆の発言に少しばかり好感を覚えていた。あのバカだが元気なところにだ。 「・・ふぉふぉふぉ・・そうならわしは口出しできぬのう、やりたいのじゃから。しかし、会長職がどんな多忙な役職かは知らぬが、“家芸”のほうを忘れるでないぞい」 「わかっていますよ、おじじ」 祖父の言葉に、燈姫は不適に笑みをこぼしつつ言った。 「どんなに多忙であろうとも、覚悟は決まっていますから」 「・・・ふぉふぉふぉ、さすがは我が孫じゃ」 「・・こういう頭の回転でモノを言う所は、どちらもそっくりだね」 宗一郎はほのぼのと笑いながらそうつぶやいた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Feb 12, 2007 08:52:16 PM
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