『アヒルと鴨のコインロッカー』
伊坂幸太郎は、将来直木賞を受賞すると思う。 とはいえ、私の読書傾向は推理小説偏重で、受賞傾向と異なる。このため、なかなか直木賞予想が当たりにくく、信憑性は低いのであるが。 実際、「東野圭吾は直木賞を獲る」と周囲に吹聴しだしてから、実現までは10年かかった。 逆に考えると、20歳の時に10年後を予測していたことになり「先見の明があった」と言えなくもないが、6度も候補になる事態など予想していたわけもなく、やはり「まぐれ当たり」との誹りは免れない(苦笑)。#いや、渡辺○一さえいなければ、もっと早く…もごもご。 伊坂作品の特徴と言えば、シュールな世界観を軽快な文体で語る新鮮さにあると思う。デビュー作『オーデュボンの祈り』(新潮文庫)は衝撃だった(今のところ、私的に伊坂幸太郎ベストである)。[デビュー作 『オーデュボンの祈り』] この作品世界は、現実と少しずれている。他の世界との交流を拒絶した「鎖国」状態にある小島と、仙台をモデルにした本土での物語が並列で語られ、交錯していく。この小島にいる「未来を予言できる能力を持つ喋る(!)案山子(かかし)は誰に殺されたのか?」という謎を中心に、物語は展開される。 非常に好感が持てるのは、一定の非現実的な仮定を除けば、作品世界中で論理的に物語が閉じているという点である。 こう書くと、SF的なアクロバティックな仮定を持ち込んで、その条件下で論理的な物語を紡ぎ出す西澤保彦の作風に似ているように思えるかもしれない。それと大きく雰囲気が異なるのは、個性的な登場人物と軽快な会話というスパイスが、同時に作品の幹に据えられているためだろう。ウィットに富んでいて、日常生活でも使ってみたいな、とメモをしたくなる会話(実際に使うと、変な奴だと思われるのは間違いないが)が続出して面白い。 少し前のことになるが、吉川英治文学新人賞受賞作の『アヒルと鴨のコインロッカー』(創元推理文庫)を読了。今のところ、伊坂ブランドを信用して、文庫化されたら即購入、を続けている。[伊坂幸太郎の文庫最新刊 『アヒルと鴨のコインロッカー』] 『オーデュボンの祈り』や『ラッシュライフ』のように、複数視点(本作の場合、現在と過去)から物語が綴られ、これが作品の核となっている。河崎と名乗る引っ越し先のアパートの隣人から、本屋の襲撃に誘われる椎名という大学生の「現在」の視点。多発するペット惨殺事件の犯人を追う琴美の「過去」の視点。「過去」で語られる伏線が綺麗に収斂する構成美は秀逸である。 なお、詳しくは書けないが、この叙述形式を生かしたミステリーとしての妙も味わえるという点で非常に完成度が高かった。うーん。ブログで書くとしたら、この程度が限界か。ミステリーの雑感をweb上でオープンするのには気を遣う。#本作品は、今年中に映画化されて公開されるそうだが、どうもこの処理で失敗するような気がする。また日本映画はあかんなあ、と思わされたくないのだが。[エッシャーの騙し絵のような構成が楽しい、『ラッシュライフ』(新潮文庫)] 現在文庫化されている伊坂幸太郎は全部で5冊。以下の作品も合わせて紹介しておきたい。順に、今までの中で最も暗い作品と、底抜けに明るい作品である。ベクトルは異なるが、どちらも作品としての水準は高い。『重力ピエロ』(新潮文庫)『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社文庫) 私が、伊坂幸太郎が直木賞を獲ると感じる理由の一つに、作品の質にばらつきが少ないという点が挙げられる。伊坂幸太郎は、どれも点数を付けるとすれば80点以上、のスマッシュヒットを確実に世に送り出している。「どれも面白い」作家は、筆力が高く、同時に「何が面白い作品か」を肌で知っている作家だといえるのである。 伊坂幸太郎からはしばらく目が離せない。