むかしむかし、ある貧乏な男がお金持の裁判官に、ウシ飼いとしてやとわれました。
ウシ飼いは、やせ細ったウシを一頭持っていました。
そのウシを、いつも主人のウシと一緒に牧場に連れて行きました。
ある日の事、どうした事か、主人のウシとウシ飼いのウシがけんかを始めました。
そしてやせっぽちで弱いはずのウシ飼いのウシが、主人のウシをツノで突き殺してしまいました。
ウシ飼いは、主人の裁判官のところへ駆けつけました。
「ああ、お情け深い旦那さま。大変な事が起こりました。どうか公平に、お裁き下さいませ」
「よろしい。話してみなさい」
「実は今日、牧場で旦那さまのウシが、わたくしめのウシとけんかをしまして、わたくしめのウシを突き殺してしまいました。神さまは罪をおかしたウシに、どんな罰をお下しになるのでしょうか?」
「待て、待て。始めから、詳しく調べよう。わしのウシは、お前のウシをにらんだかね?」
「いいえ、旦那さま」
「わしのウシが飛びかかった時、お前のウシは、モーと鳴いたかね?」
「はい、旦那さま」
「では神に誓って、正直に言うのだぞ。お前のウシが、わしのウシを怒らせたのだろう」
「そんな事はわかりません。旦那さま。モーと言ったのが、どんな訳かなんて、調べられませんよ」
「それでは、どっちが悪かったのか、お前には分からないのだな」
「はい、旦那さま」
「どちらが悪かったのか、分からないとすれば、罰する事も出来ない。動物を裁く事など、出来ると思うか?」
「その通りでございます。旦那さま。全く、公平にお裁き下さいました。ただ、あの・・・」
「何だ。まだ用があるのか?」
「あの、今思い出したのでございます。わたくしが、考え違いをしておりました。わたくしめのウシが、旦那さまのウシを殺してしまったのでございます」
「何だと! そうか。では神がお前のウシに、どんな罰をお下しになるか本で調べよう」
「おや? 旦那さま。あなたさまのウシが罰を受けなくてもよいのなら、わたくしのウシも受けなくてよろしいでしょう。動物を裁く事など、出来るとお思いですか?」
「そっ、それは・・・。その通りだ」
裁判官は、それ以上、もう何も言えませんでした。
裁かれないためには人を裁くな。 アミエル
間違って見るよりも盲目であったほうがよい。 ハーバート
四つが裁判官に必要なり。親切に聞き、抜け目なく答え、冷静に判断し、公平に裁判することなり。 ソクラテス
☆ 実地で見て、さらに心で観なくては、ものごとはよく見えないのです。肝心なことは、眼に見えないのですから。
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