人參
陰陽會より
1、味甘微寒---
---甘味薬の総論
<甘味の補うもの>
辛味は陽気を補い、苦味は陰気を補うのが基本の作用です。
では甘味は何を補うのでしょうか。辛味・苦味は(気)を補いますが、甘味は(体)を補います。(体)とは、身体をかたち作っている組織そのものです。
具体的には、全身を巡っているものでは、津液。津液は全身を潤し栄養しています。津液に栄気が加わったものが血になります。 身体の組織では、外部では皮毛・血脈・肌肉・筋・骨になります。
また内部では、五臓・六腑をつくっているのが(体)です。体は気が無いと活動できません。気が脱け切ってしまえば死体です。 逆に気は体から発生します。気だけが存在することはありません。
このことを、気を陽とし、体を陰とし、陰陽互根などといいます。
<甘味不足の病理>
甘味が不足して(体)が虚すとどうなるでしょう。そうなると組織に潤いが無くなって、引きつれます。引きつることを漢方の古典では「急」と書いて、ひきつる、という読みを当てています。
分りやすい例では、運動をして筋中の血を使い果たすと、筋肉が引きつります 。この「急」の状態を幅広く考えると、肩凝り・腰痛などの関節痛がそうです。あらゆる痛みの症状に陰気・陽気の不足もありますが、(体)の不足による「急」の場合があります。
「急」が胃で起れば、胃痛・嘔吐。腸で起れば下痢・便秘・腹痛。肛門なら痔になり、皮膚ならカサついて痒くなり、また胸中で起れば、動悸・胸痛になります。またもし精神が「急」になれば不安・煩驚となります。
「急」よりも更に(体)の不足が進むと、逆に組織は弛緩して「脱」=脱力状態になります。筋肉でいえば、弛緩して力が入らなくなり、長引けば萎縮にまで進みます。腸なら痛みのない下痢・脱肛。子宮脱も同じ機序です。身体から物が脱け出る状態=ひどい下痢・嘔吐・遺尿・脱汗・出血などです。皮膚なら、床擦れのような肉芽ができない状態、あまり痛まないがいつまでも治らない化膿症などが「脱」です。精神では、無気力・鬱状態になります。
<甘味の基本作用>
つまり甘味は、(体)の不足を補って組織を潤し、「急」を緩らげ、「脱」を回復します。
また甘味は脾を補います。これは脾胃が飲食物を消化して、気・血を作り出す働きを盛んにすることをいっています。
2、五臓を補う
人参が何を補うかというときに、五臓を補うというのは、全てを補うというのと同じで参考になりませんから、別の本から適当な意見を探してみました。
『中薬学』 成都中医学院編には、人参の作用として「補気、挽脱、補益脾肺、生津止渇、安神益智」とあります。言葉を補って読み下すと、
「気を補い、脱を挽回し、脾肺を補い、津液を生じ渇きを止め、精神を安んじ智恵を益す。」
つまり五臓のうちでも、特に脾・肺を補います。人参の甘味本来の働きは、後の「津液を生じ」にあります。主に脾臓の津液を補い、脾胃の働きを強めれば、気血の生産が盛んになり、結果的に五臓を補うことにつながります。また初めの「気を補う」は、脾胃で飲食物から取り出される気血=胃気と、それが肺に上がって呼吸の原動力になった肺気を補うことです。
「脱を挽回し」は、上の1、甘味薬の総論 の<甘味不足の病理>を見て下さ い。
「脱」とは「脱気」のことで、具体的な症状としては上で述べたように、身体から汗や大小便などが脱け出て止まないことです。
「物」が脱け出る時には、陽気も一緒に脱けてしまい、ついには生命力の根源の「精気」まで失われて、死にいたります。人参には、根本の精気=生命力が脱け出ようとするのを挽回する力があります。
漢方を専門にされる、ある医師のお話で、身内の方が危篤になった時に、家族の同意を得て、独参湯(人参単味8g)を胃に注入してみると、血圧・脈拍・呼吸数などが、ぐっと持ち直すのだそうです。これを、人参に「補気挽脱」の効あり、とするのでしょう。
3、精神を安んじ、魂魄を定め
人参の甘味は、主に心臓の血を補って、精神の「急」の状態を改善する作用をします。
しかしこの部分は別の解釈もできます。五臓に蔵されている、根本の精気は、腎=精・心=神・肝=魂・肺=魄 とされます。だから精神・魂魄を安定させる 、ということは、上の五臓を補う、というのを言い換えたものだと考えられます。
もちろん『中薬学』にもあるように、人参に「安神」の作用があることは間違いありません。
4、驚悸を止め
この神農本草経の条文で、唯一の具体的な薬効です。「驚」は、すぐ上で述べたこととおなじです。「悸」=動悸は、やはり主に脾と心の血を補って、血脈の「急」を緩めて、血行を滑らかにして、動悸を鎮めます。炙甘草湯に含まれる人参を考えてみるといいでしょう。
しかし人参はこれ以外に、いったいどんな症状に効くというのでしょうか。それは次の区切れで見てみます。
5、邪気を除き
2、3で述べたように、これだけ十分に正気を補えば、邪気はいたたまれずに自ずと追い出されるのだ、というのが一般的な解釈です。
しかし江戸時代の日本人で、全く別の考え方をした人がいます。名前は吉益 東洞。
彼の理論では、陰陽・五行・虚実などは妄説だ。人参が精気 を補うなどというのは、妄説のさいたるもので、病気は身体の中の「毒」に因る。その「毒」を除くのが薬の働きだ、というのです。つまり邪気を除くという、寫法の立場だけから見た漢方の薬理を打ち立てたのです。
彼の『薬徴』では、人参の作用は
主治 心下痞硬、支結。兼治 心胸停飲、嘔吐、不食、唾沫、心痛、腹痛、煩悸。
この心下(みぞおち)に支えている「毒」は、腹診によって知られるもので、この「毒」を除くのが、人参の主な作用だ、というわけです。
それはともかく、ざっと見て、心下の支え、嘔吐、不食、腹痛など、要するに人参は胃の症状に使うものなのです。臨床的に是非押さえないといけないのは、不食=食べられない、という症状です。人参を主薬とした、人参湯・六君子湯などの処方では、食が進むということは決してあり得ません。いかにも人参剤のような症状がそろっていても、「食べれば、普通に入っています」というときには、正解は別にあるはずです。
6、目を明かにし
目の視覚の作用は、肝に蔵される血によるものですが、その血の元はといえば、脾胃で作られたのですから、人参にも目をぱっちりさせる作用があります。
7、心を開き、智を益し/8、久服すれば身を軽くし、年を延べる。
これらについては、臨床的にあまり意味はなさそうなので、解説は省略します 。
2.人参の入った処方
人参の入った処方『傷寒論』『金匱要略』の中から、人参の入った処方を選びだしました。
先月までは、肺虚・脾虚・肝虚・腎虚と分けていましたが、さすがに人参の入った処方はほとんどが脾虚なので、その処方の働く「病位」で、外・中・内と分けまし た。肝虚証の処方は表の中で赤字で表示しました。
- この外とは、太陽経・陽明経の巡っている部分です。
- 中とは、少陽経の巡る部分=半表半裏という場所、或いは隔(上焦と中焦の間)という場所に当ります。そこの熱実証です。
- 内とは、臓腑のことです。そのうち、内熱は肺の熱実で、内寒は脾虚胃寒証と脾腎陽虚証があり、陰虚は脾か肝の津液不足で虚熱が出ているものです。
寒熱 | 寒熱 | 処方名 |
外 | 熱 | 続命湯 | 肝虚陰虚証 |
寒 | 桂枝加芍薬生姜人参新加湯・厚朴生姜甘草半夏人参湯・竹葉湯 | 脾虚証
肝虚陽虚証 |
中 | 熱 | 半夏寫心湯類3種、黄連湯・六物黄ゴン湯・乾姜黄連黄ゴン人参湯 ・柴胡剤類3種・烏梅丸 | 脾虚証
肝虚証 |
証 内 | 熱 | 白虎加人参湯・木防已湯・竹葉石膏湯 | 肺熱証 |
寒 | 人参湯・桂枝人参湯・呉茱萸湯・乾姜人参半夏丸・大半夏湯・茯苓飲 | 脾腎陽虚証 |
附子湯・四逆加人参湯・茯苓四逆湯・大建中湯・九痛丸 | 脾腎陽虚証 |
陰虚 | 麦門冬湯・温経湯・炙甘草湯 | 脾虚肺熱証
肝虚陰虚証 |