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【向田邦子/阿修羅のごとく】
◆いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ 向田作品の特徴は、なんと言っても“ザ・オンナ”という点にあるだろう。女性の性質なんて、古今東西それほど大きく変化はない。向田の描く女性が昭和のオンナだからと言って、平成を生きる女性に当てはまらないわけがないのだから。 『阿修羅のごとく』は、そのタイトルどおり、女性には阿修羅像のようにいくつもの側面を持ち合わせていることを、軽快なタッチで表現している。 作中では、四人の姉妹が登場するのだが、たとえ姉妹でもそれぞれに性格が異なり、くっついたり離れたりしながら上手くバランスを取っている。 おもしろいのは皆が皆、異性のことで悩み苦しみ抜いていることだ。誰一人として世相を嘆いたり、物価上昇に物申したり、あるいは人生の意味や意義を問うたりしていない。 長女は不倫、次女は夫の浮気に悩み、三女は好きな男の前では素直になれず、四女はボクサーと結婚するものの夫が失明の危機にさらされる、という人間模様だ。さらにこの四姉妹の父親にも、年の離れた愛人がいる。母親は知ってか知らずか、黙って耐えている。 この愛憎劇は、複雑なようで実は世間にはありがちな題材を物語にしていると言える。その分、作品が平坦にならないのは、それぞれが抱えている悩みを我が事として、あるいは女の業として全てを受け入れている点にスポットが当てられているからではなかろうか。 無論、積もる愚痴や厭味を見っともなく言い争うシーンは、あちこちに出て来る。血を分けた姉妹と言えども、一たび衝突すれば、小憎たらしい存在ともなりうるわけだ。 『阿修羅のごとく』で意外な展開だと思ったのは、四姉妹の母親が脳卒中であっけなく急逝してしまうところだ。さらに残された父親は、晴れて愛人と障りなく交際することになるかに思えたのだが、若い愛人は別の男との結婚に踏み切ってしまう。 父親は、妻を亡くした後、娘たちのことで気を揉み、さらには自分のことでも張り合いを失くし、どこか虚ろな結末となっているのだ。 私が向田作品をこよなく愛する所以は、そこらへんにある。つまり、全ては“因果応報”なのだと。誰かを傷つければ、必ず自分も傷つけられる。巡り巡って必ず自分のところにかえって来るというわけだ。 また、人生とは儚い。そう易々とは、順風満帆にはいかない。 楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。それが人生、これが人生。 この小説には、正統派のホームドラマが描かれている。ここに登場する男女の絶妙な機微に触れて、グッと来るのは、やっぱり三十代後半以上の女性限定になるかもしれない。(本当は若い人にもおすすめしたいのだが・・・) 『阿修羅のごとく』向田邦子・著 ☆次回(読書案内No.29)は樋口一葉の『にごりえ』を予定しています。 ~読書案内~ その他 ■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説! ■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?! ■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する ■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる ■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す ■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている ■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説 ■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル ■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず ■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人 ■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか? ■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く ■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる ■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く ■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛 ■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話 ■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。 ■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか ■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場 ■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?! ■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの ■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ! ■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話 ■No.26柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・? ■No.27宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ ◆番外篇.3菊池寛、選挙に出る! 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.12.26 06:24:39
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