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カテゴリ:第3話 反乱前夜
「あっ!…つっう…!!」
突然、背後の炊事場の方から悲鳴が聞こえた。 「マルセラ?!」 コイユールは慌ててそちらの方にとって返した。 調理用の鍋の傍で、マルセラが右腕をおさえて半ベソのままうずくまっている。 その辺りをインカ族の召使いたちが数名、心配そうに取り囲んでいた。 恐らく慣れない調理などしようとして、火傷か何かしたのだろう。 コイユールは周りのインカ族の人たちに頭を下げながら、心配なさらずお仕事の続きをなさってくださいと伝え、自分がマルセラの傍に膝をついた。 そして、すらりと引き締った褐色のマルセラの腕を、そっと自分の手に取った。 幸い、手首の少し下あたりに軽い火傷を負った程度である。 コイユールはホッと息をつき、急いで冷水を運んできてマルセラの傷口を浸した。 「たいしたことなくって、良かったわ。でも、どうしたの?炊事場になんて立ったりして。」 コイユールは純粋に不思議そうに、首をかしげながらマルセラを見つめた。 貴族の娘のマルセラが調理など縁の無いことは知っていたし、それ以上に、女性的なことには全く無頓着で、むしろ少年のような志向のマルセラには、炊事場に立つなど考えられないことだった。 そんなマルセラは、年頃になった今も、相変わらず短く切った黒髪を無造作にターバンでまとめ、以前にも増してすらりと伸びた手足を、ただ動きやすいという理由のために、露(あらわ)にしたままの格好でいた。 しかし、成長と共に女性らしさが備わり、本人の意思とは無関係に、むしろその中性的な美しさが周囲の目を惹いていた。 コイユールは冷水で浸したマルセラの傷跡に、そっと自分の手を当てて、治療のためにいつものシンボルを心の中で描いた。 マルセラは無言のまま、かすかに頬を赤らめている。 コイユールには平素と様子の異なる今日のマルセラの内心を測りかねたが、いずれにしろ、炊事場で何かをしようと思っていたのは確かだろう。 「何を作ろうと思っていたの?手伝うわ。」と、笑顔でごく普通に声をかけたコイユールに対して、「いい、いい!ほんと何でもないんだから。」と、妙にムキになってマルセラが答える。 「そ、そう…?」と、マルセラの調子に少々とまどいながらも、コイユールはもう一度、彼女の火傷の跡を確かめた。 そして、大分腫れがひいている様子に安堵しながら、「そろそろ、アンドレスたちにお食事を出す時間かしら。」と、何気なく言った。 すると、マルセラが突然つっかかるような調子で、コイユールの方に身を乗り出してきた。 「あたし、前から、すっごく気になってたんだけど、アンドレス様のこと呼び捨てにするのって、それって、すっご~く、まずくない?」 「え?」と、不意をつかれたようにコイユールは目をみはる。 マルセラはコイユールの鼻先まで、にじり寄ってきた。 「ほんと、よく考えてごらんよ!あんたとアンドレス様じゃ、身分も立場も何もかも、全然、全く、違うんだし!!」 と、そこまで言ってしまってから、マルセラはハッと自分の口を押さえた。 コイユールは固唾を呑んだ。 マルセラは基本的に人を差別しないし、身分がどうのとか言う人間ではないことを知っていた。 そもそも女性特有のあのドロドロした部分を嫌い、竹を割ったような性格のマルセラは、誰に対しても意地悪なことを言ったりすることのないのも知っていた。 そんなマルセラの言葉だけに、妙にコイユールの胸に突き刺さってきた。 そして、実際、マルセラの言う通りのようにも思えてくる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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