18歳、まず、高校を卒業した瞬間に原付の免許を取った。取ってからすぐに、
RZ50を買いに行った。
勿論、中古である。ある年式以前のものは、速度リミッターがついていなかったから、古いものを買いに行ったのである。勿論、最大の問題は金銭的な問題であったのではあるが、それは愛嬌というもの。
今はどうか知らないが、当時は原付の法定最大速度は30キロであった。30キロといえば、高校以前まで私が自転車立ち漕ぎ速度でもあった。それゆえ、法的に信号無視できる自転車のほうが原付より早いというマニファクチャーのメリットがあった。
中古バイク屋で、勢いよくバイクを購入した私は、店員に「運転できますか」と言われたが、「勿論です」と気の弱い私は答え、ギアチェンジのやり方が分からず、店を出て次の信号で早速、プスンプスンとやってしまった。私は、1速から順番にギアを上げて行くことを知らなかったし、1速と2速の間にニュートラルがあることを知らず、歩いて家に帰る方が早かった程である。それで、家の裏にある分譲住宅予定地で、徹底的に運転の練習をしていたが、その乗り方がシロウトゆえ、素人らしい運転であったので、速攻で見回りのパトカーに盗難品と間違われ、職務質問され、散々疑惑疑獄をかけられた。私の爽やかなルックスをもってしてやっと開放された午後の昼下がりであった。
しかし、それから警察との存在の絶えられない程度の確執が始まったのであった。
私は、音が五月蝿いのはとても忌み嫌うのであるが、そしてダサダサの服や、団体で走ることは嫌悪するのだが、スピード感だけは、何となく暴走族に共感を覚えてしまう気もしていたのであった。そんな訳で、リミッター解除された原付は最高105キロまで出るのであった。そんな訳で、暇さえあればというか、ずっと暇だったので、暇を見つけては原付に乗って、いろんな道を走った。幼い頃、学校の帰り、あらゆる道を寄り道して、なかなか家に帰らないウロウロ病の行動範囲が広がったようなものであった。
そして、ついに、スピードオーバーで捕まった。50キロ以上オーバー、免停90日である。白バイのあんちゃんは勝ち誇った様に「このメーターを見ろ」と言った。私は負け誇ったようにうな垂れた。
その後、2年程度経過し、
この人にあげた。
時代は変わってきた。暴走族は、団体の厳しい師弟関係が忌み嫌われ始め、ばらばらになり、走っていても、その姿を見せたいためか、やたらゆっくり走るという状態だ。運転中の携帯電話は禁止されたが、ハンズフリーならOKだ。集中力がなくなるのでは同じなのであるが。それにナビは禁止されていない。勿論、ナビを見続けて運転するのは違反になっているが、警察がそんなこと確認できるはずがない。ナビゲーションシステムは警察OBがからんでいるので、こちらは禁止されることはない。
ところで、仕事柄、カーシェアリングをちょっこっと調べたことがある。
なかなかいいシステムである
あんか480円。