ところで、(何がところでかは、私の頭の中にしかない。)先日、博士の愛した数式を観て感動したのであるが、何に感動したかと言うと、人間ドラマでなく、数字に感心したのであった。勿論、私は、友愛数や虚数や完全数や無理数を知っていたが、久し振りに言葉で聞き、説明を受けると、改めて、美しいものだなあ、と思ったのであった。
完全数 1つは「6」のように自分自身を除く約数の和が,もとの数と等しくなってしまうものの発見です。
6の約数={1,2,3,6}
6以外の約数の和=1+2+3=6
このような数を「完全数」といったのです。6が最初の完全数で、2番目の完全数は28です。このことから古代の人たちは,神様が6日間で世界をつくった(月,九 水,木,金,土のつぎは休み)のは、最初の完全数が「6」だからであり、月が地球のまわりを、約28日で1週するのは、28が完全数だからである、と考えていました。
1世妃のころには、6,28,496,8128の4個が完全数であることが発見されていました。電子計算機が使われるようになって、完全数を発見しようと多くの数学者が努力し
ましたが、現在でも23個の完全数しか発見されていません。
友愛数 もう1つは友愛数の発見です。ピタゴラスがある人から「友人とは何ですか?」と開かれた時、「それはもうひとつの私です。たとえば220と284のようなものです。」と答えたそうです。220と284とはどんな数なのでしょうか。
これは、220の約数(ただし220は除く)の和が284になって、284の約数(ただし284は除く)の和が220になっているのです。
220の約数={1,2,4,5,10,11,20,22,44,55,110,220}
1十2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284
284の約数={1,2,4,71,142,284}
1+2+4+71+142=220
ここ1週間で読んだ本の中では、「浮浪者からホテル王になった男」というのがスコブル面白かったのであるが、後半、浮浪者から脱出して、仕事をしていってのし上がっていくあたりから、ちょっとつまらなくなってしまったと感じた自分がなんだか嫌だなあ。
なんだかさ、あるものを失って、同等の価値(のものがあるのか)のあるものを得た時に、それが同じ価値なのに、失ったモノに非常に損した気分になり、得たものに対してはそれほどではないと思うものなのだな。(1万円落としたら非常に後悔するが、1万円を得てもハアという感じになるということだ)そんなもんどっちでもいいのに、選択枠が多すぎると、こんなにたくさんの中から選べたのだから満足したなあというより、もっといいのがあったのではないかと悔やむ可能性の方が高いんだなあ。
そんな訳で、私は、どうでもいいもの(=世の中の大半のもの)を買う時には、ある程度のルールを決めている賢人なのである。(本当はこじつけで、本当は面倒なだけ、時間がもったいないだけなんだけれどもね)
その1、買い物は、1件目ないし2件目で決めること。
その2、まあこんなもんや、と思い手を打つこと。
その3、買えば他を見ないこと。
その4、買い終わったらくよくよしないこと、買った物に満足する太平洋より広い心を持つこと。その5、その買い物に期待しないこと、期待すると失望するのだ。
しかし、これを実践できるのは、私が基本的に買い物が嫌いだからなのだ。以上処世訓、字余り。