環境・平和・山・世相　コジローのあれこれ風信帖

　久しぶりにクスッと笑いが漏れる話題だ。昨日17日に奈良文化財研究所が発表したところによれば、平城京（710～784）で政治の中枢を担っていた高級官僚たちが牛や豚の肉を食べていたことが、便槽の遺構に残る便の分析で確認されたそうだ。牛や豚の肉を食べると感染する寄生虫の卵の遺物が見つかったことでわかった。当時の肉食が科学的に裏付けられたのは初めてという。

　狩猟採集時代、この列島に暮らしたご先祖様は当然、イノシシやシカなどの肉も食べて命を繋いできたわけだが、殺生を忌避する仏教が伝来し普及するに伴って「牛・馬・犬・猿・鶏を食することを禁じる」（675年）、「飼っている鶏やイノシシを放せ」（725年）など、朝廷から繰り返し肉食禁止令が出たことが日本書紀に記述されている。そのため、当時の人たちは肉は食べなかったと考えられていたが、そうでもなかったわけだ。

　つい笑いが漏れたのは、仏教に帰依した天皇の意を受けて、シモジモにいかめしく肉食禁止を通達していたに違いない高級官僚たちが、影でこっそり肉を食べていた図から、ん～いつの時代も役人というやつは…と、つい昨今のお役人の行状を思い巡らせて様々な連想をかき立てられたからだ。連中、1000年以上先の後世、その密やかにして後ろめたい隠微な喜びが白日のもとに暴かれるとは、夢にも思っていなかったことだろう。

　まあ、日本書紀の記述に戻れば、当時の人々が素直に肉食を絶っていたならことさらに禁止令など出す必要はなかったわけで、こうした禁止令が繰り返し出されたこと自体がむしろ、日本人も結構肉を食べていたことを雄弁に物語っている。このあたりの理屈は、未成年の飲酒喫煙の禁止をひっきりなしに言わなくちゃならない事情とまったく同じだ。しかし、肉食は人類にとり、それほど抗しがたい魅力があるものなのだろうか。

　よく知られていることだが肉食と飢餓は表裏の関係にある。飼料効率は畜産経営では死活的に重要な要素だが、これは肉用家畜を1kg太らせるのに何kgの飼料が必要かで計算される（ただし熱量比ではない点に注意）。例えば通常の飼育方法で豚を１kg太らすには約４kg、同じく牛を１kg肥えさせるには10kgの飼料を必要とするので、飼料効率はそれぞれ0.25、0.10と計算される。

　つまり、ごくごく単純化して言えば、トウモロコシや大豆などの飼料穀物を牛にやらず人間が食べれば10倍程度の人数を養える勘定で、世界で肉食が増えればそれだけ人間に回る穀物は少なくなる関係にある(人間が食べられない自然の草などで肥育する場合はまた別の話）。人口の急増と気候変動などにより近い将来、食糧が逼迫する可能性はかなり高い。これに備えるためには、肉食を避けるべきではないだろうか。

　といった疑問があったので、もう10年以上前になるが、自分たちが主催して開いた環境関係の連続セミナーで、講義に来てくださった食品学の先生に、「人間は肉を食べなくてもいいのでは？」と質問したところ、「畜産物以外からは得られない必須アミノ酸もありますから」と、肉食は人間の動物生理に根ざす必然つまりは本能という回答だった。ん～、必須アミノ酸なあ、ベジタリアンでも元気いっぱいの方は大勢いらっしゃる気がするけどなあ…

　さらに知人の女性にこの話をしたところ、「しばらくお肉を食べんかったらお肌がてきめんにカサカサになるねん」と聞いたこともある（オトコにはわからん観点やなあ）。　…といった次第で、やはり完全に肉食を絶ちみんな揃ってベジタリアンというのは無理な相談みたいだ。平城官僚たちの掟破りも宜（むべ）なるかな～なのである。

　とはいえ、畜産の環境負荷はかなり大きい。商業畜産目的でアマゾン流域の熱帯林は深刻に皆伐されているし、ニュージーランドなど家畜のゲップや排泄物由来のメタンが最大の温室効果ガス排出源という畜産国もあるほどで、欧米では宗教的なベジタリアンや動物福祉を主張する運動と、地球温暖化防止の市民活動が結構大規模に連携したりもしている。日本ではあまり見かけないが、その主張にはたしかに一理ある。人類と地球上の生態系の持続可能な未来のために、禁止はしないまでもやはり肉食は最小限にすべきなのだ。その方が、きっと健康にもいいだろうと思う。

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