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カテゴリ:時代?もの2
それから程なくして、梨壺の君が退出するという噂が立った。聞きつけた仲忠は早速父の元へと向かった。
だがその父は何やら難しい顔をしている。 「なあ仲忠、梨壺が退出するらしいが、どうしたんだろう? 東宮の御寝所で奉仕するのが何よりもの勤めなのに。そう簡単に退出が許されるとは思わないのだが」 仲忠はきょとんとして首を傾げる。もしや父は知らないのだろうか。それとも深読みして? ともかく聞いてみる。 「そんなこと無いですよ」 「どうして」 「この間、梨壺の君本人から聞きましたよ。元々、最近はちょくちょく東宮から召されている様だし」 「……そうなのか?」 「父上、本当に宮中の噂に疎くなりましたね」 強烈な一撃が仲忠から放たれる。おそらく兼雅自身は梨壺の妊娠自体は知っているだろう。だがそれが果たして本当に東宮の胤なのか疑っているのだ。 「先日梨壺に挨拶に行った時、彼女自身から聞きましたよ。東宮様から『藤壺も妊娠している様だ』と言われた、と。『も』ですよ」 「『も』か」 「『も』ですよ。東宮様ご自身がご存じなんだもの。まさか父上、ご自分の可愛い娘が密通などしていた等と疑ってはいませんよね?」 ははは、と兼雅は力無く笑った。 「別に疑ってはいないさ。ただ噂というものは怖いものだからね…… まあともかく、退出するというなら、車をやって迎えに行こうか」 はい、と仲忠はにっこり笑った。 車を整えさせながら兼雅はふと考え、そして頼りがいのある息子に問いかける。 「あれの里内裏は一条だが、今は荒れ果てたあそこじゃさすがに可哀想だよね」 「当然ですよ。そう、母君である女三宮も今は居られますから、ぜひ三条へ迎えた方がいいです」 よしよし、と兼雅は納得し、一条殿にあった調度などを女三宮の住む辺りの西面、西の対にかけて運ばせる。また女三宮にもその旨を伝え、迎える準備を頼む。 その結果、車が十二、先駆もあちらこちらからわらわらといつの間にか沢山現れる。女三宮の女房も二十人程入り、用意は万端となったところで。 「どうして当の父上がお迎えに行かないんですか」 仲忠はむっとして問いかける。兼雅は参内のための服に着替えてもいない。 「嫌だよ。だって色々と内裏の方でまた噂が立つだろう? お前も行かない方が」 「何言ってるんですか!」 とうとう仲忠は怒鳴った。 「女性というのは、しかるべき人がお供をすると、自然、立派に見えるものですよ。大体父上、その昔母上を連れてきた時のことを考えてみてくださいよ。父上だったから皆、落ちぶれた家の娘だった母上に関心を持った訳じゃないですか」 「お前の母は違うよ。元々が素晴らしい人だから」 「そんなのは、母上の姿を見られる父上や僕くらいしか判らないことでしょう? ああそう、女性達もかともかく世間を納得させるためにも」 「何に納得?」 「こっそり退出するなんて、噂を認める様なものじゃないですか。後ろめたい思いがあるから、と。僕と父上が重々しく迎えに来て、東宮様もそれをしっかり認めるという形を取れば、馬鹿馬鹿しい噂だってすっ飛ぶというものです」 「すっ飛ぶ、ねえ…… けどこのこの間の正頼どのの一件、お前も覚えているだろう? 藤壺の御方の所へぞろぞろ引き連れて、東宮様に惜しまれるのはそれは名誉なことだが、結局勘気に触れて、いろいろややこしいことになったじゃないか……」 「はいもう面倒だから皆、父上を参内するための格好に着替えさせてやって」 女房達が仲忠の言葉を合図に、兼雅に飛びかかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.08.13 21:48:50
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