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2017.11.25
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カテゴリ:うつほ物語
その三の一の一 若者たち帰宅――仲頼の土産に舅感激

 さて、仲忠一行が都に戻ったのは四月四日のことだった。

「すぐに皆さん帰ります?」

 問い掛ける仲忠に仲頼はいや、と首を横に振る。

「俺はそのまま在原ありわらの家に戻る。お前等も一緒に来いよ。やっぱりあの舅どのにはきちんと挨拶をしなくてはな」
「そうですね」

 笑いながら誘う仲頼にうなづきながら、行正は宮内卿のことを思った。
 宮内卿くないきょう在原忠保ありわらのただやすの家は、仲忠や仲頼の実家の様に生まれながらに裕福なところではない。

「…何でも、あの殿は仲頼さまを婿にお取りになってからのお世話で、ずいぶんと物いりだったそうです」

 目端のきく女房が、彼に何かと伝えて来た。

「この今の世の中、どれだけ美しい娘であろうと、物持ちで無い限りそうそう通う男など無いところに、仲頼さまを婿にできたことが何よりもの喜び―――とばかりに、先祖代々の財産や、女の方には無くてはならない髪道具の一式まで、惜しいと思われる様なものはずいぶんと売ってしまわれた様です」

 それはまた、ずいぶんなことだと行正は思った。

「だが仲頼が仲頼らしく過ごすには、ずいぶんな費用が必要ではないか?」

 自分と同程度に帝のおぼえめでたいとしたら。
 自分は先の帝、嵯峨院さがいんのおかげで独身でありながら困る様なことは何もない。
 だが一度婿取りされてしまったとしたら。

「はい。ですからあの方が婿入りされてから、ここ数年のうちに、長年年貢や地代を待って家計に当てていた近江の土地も売ってしまわれたそうです」

 行正はそれを聞いてため息をついた。

「仲頼はそれを知っているのだろうか」

 女房はいいえ、と首を横に振る。

「向こうの女房に聞いたところ、婿君には決して悟らせない様に、とのことでした」
「そういうところは全くもって、鷹揚な奴だからな」

 そこまでして尽くしてくれる舅が居ながら、どうして奴はあて宮に恋などしてしまったのだろう、と行正はしみじみと思う。
 少なくともこの直情型の友人が、左大将に繋がるのを目的であて宮に文を送っているとは思えない。そんな器用な奴ではない。
 だとしたら、直接姿を見たか、声を聞いたか、はたまた名手と言われている琴の音を聞いたか。
 いずれにせよ、実体のはっきりしないものではなく、あて宮そのものに惹かれなくては友人が動くことはなかっただろう。

「それでは今度の吹上行きでも向こうは苦労するだろうね」
「はい。…正直、失礼ながら、仲頼さまが少し憎らしゅうございます」
「憎らしい」
「旅支度のために、節会せちえの時にだけ取り出す太刀を質に入れたということでございます」
「…きっとそのことも、決して仲頼には気付かせないのだろうな。奥ゆかしい人だから」

 実際、出かける時の支度はきちんとしたものだった。
 供人も、道中の食料も吹上までの充分なものが用意されていた。

「仲頼さまの北の方は『正月の節会にはどうなさるのですか』と驚いたそうですが、父君は『今年の稲が豊作だったらすぐ返せるよ。心配はない』とおっしゃったそうです」

 しかし稲が豊作かどうかなど、決して思う通りに行くものではない。苦労を知っている人がそのことに気付かないはずはない。
 行正は、戻った折りには何かしらの礼をしないことには、と思ったものだった。
 と同時に、友の心を奪うあて宮が、恋しいながらも多少憎くも感じられた。

   *

 宮内卿宅では早速、彼等の帰りを祝ってささやかな宴がひらかれた。

「あちらは如何だったかな? 浜辺のご馳走に満腹しておいでになっては、この山里など大したものではないだろう」

 宮内卿は謙遜して言う。仲頼は答える。

「いえ、こちらが気掛かりで、おちおちご馳走も頂く気持ちになれませんでした。どれだけ美しい景色、素晴らしいもてなしを受けたとしても、側に居るべきひとが居ないことには」
「そう言って下さるのは非常に嬉しい。これからも私達の大切な娘を大事にしてやって欲しい」

 宮内卿の言葉が、行正には非常に重く響いた。

「そう言えば、お土産があるのです」

 仲頼はそう言って、吹上からの土産ものを持って来させる。

「おお、これはまた素晴らしいものを…」

 ……そう、吹上で、彼等は帰り際、贈り物をどっさりと受け取っていた。
 種松たねまつすずしのためなら、とばかりに精巧な細工物を三人に用意させていたのだ。
 まず「はたご」一掛。
 「はたご」とは通常、馬の食料を入れる「竹」籠のはずだ。
 だがしかし現実のそれは、明らかに銀製。しかも高価な沈木で作った鞍を置いた銀の人馬に牽かせている。その山形の蓋を開けると、唐の綾、羅や紗といった美しい布が積み重ねられている。
 次に沈木作りの男に引かせた同じ作りの破子わりこ。これも普通なら道中の食事を入れるもの――― つまりは弁当箱である。
 だがそこには丁字ちょうじ沈香じんこう麝香じゃこうやその他の薬、練り香の材料が乾飯ほしいいやおかずに模されて詰められている。
 また、色々の唐の組み紐で籠の様に編んだものが、蘇芳すおうの箱にかぶせられ、中には上等の絹がそれぞれ三十匹入れられている。しかも背負い牽くのは蘇芳の馬だ。
 洲浜すはま――― 風景を象った置物もあった。
 銀を散らした鋳物の海。
 そこには造花を付けた沈木の枝を沿えた、合薫物あいたきもので作った島があり。
 島の上には銀や沈で作った鹿や鳥も置かれている。
 海には大きな黄金の舟。
 舟には薬や香の入った袋、沈の折櫃おりひつや金銀瑠璃の壺も載せられている。
 そして折櫃には銀の鯉や鮒が。
 煌めかしい壺には、またそれに似つかわしいものが入れられ、麻で結んである。
 それらの美しい見立て物に加え、帰りの旅行用の装束を「一日一装」ということで一人につき三装、それに被物かづきものとして、女装束を一襲ひとかさねずつ。
 加えて、それぞれに動物の贈り物。仲忠には様々な班馬まだらうまに美しい馬具一式を付けて四頭、黒斑くろぶちの牛を四頭、鷹と鵜を四羽づつ。
 仲頼と行正には、馬は黒鹿毛で、牛は堂々とした暗黄色のものだった。
 無論、道中の食料も用意された。いやそれだけではない。また別に米をそれぞれに二百石入れた舟を二艘ずつそれぞれ送られている。
 北の方からは銀の透箱を送られた。それぞれに黒方の香木の墨、砂金、金幣、銀幣が入っていた。

 ―――で、これらの煌々しいもののうち、沈の破子を仲頼は宮内卿に送ったのである。

「義父上、それに加えて、牛も四頭頂戴致しました。ぜひ受け取って下さい。それに妻と義母上には」

 と、透箱を渡した。
 ありがたいことだ、と宮内卿はうっすらと涙ぐんでいた。






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最終更新日  2017.11.25 19:53:14
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