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2017.12.12
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カテゴリ:うつほ物語
その十一の二のニ 思わせぶりな仲忠

 夜も更けゆくと共に、才人達の音楽も同じ調子に合わせて皆で演奏を始める。
 神歌を口にする頃には、皆の楽器の音も、声も大きく豊かに出てくる様になり、宴に興ずる人々の気持ちも次第に盛り上がってくる。
 そんな頃に、仲忠がいつもより立派な装束を身につけてやって来た。

「おや、こっちに居たのかね」

 目敏く見つけた正頼は声を掛ける。

「左大将どの…」
「さあさあこちらへ。私は神のおかげかと思ったよ。そなたの姿を目にした時には」

 ふんわりと仲忠は笑って、拒むことなく正頼の前へと行く。

「さて、今日こそは琴の琴をお願いできないか」

 仲忠は黙ってうっすらと笑む。

「今日は神を祭るおごそかな日だ。そなたの手、神を祭る技を見せてくれたなら、きっとあの例の賭物もそなたのものになるのではないか」

 仲忠はやはり何も言わなかった。代わりに今度は婉然と笑う。
 ぎく、とその場に居た者は、男女問わず固まる。

「申し訳ございませんが」

 その隙に仲忠はすっと立ち上がり、その場から去ってしまう。

「…まああれには、以前にもそう言って弾かせてしまったことがあったからな」

 しばらく呆気に取られていた正頼は、側に仕えていた者達にぼやく。
 数年前にも、同じことを言った。だが酒の上の戯れ言よ、と誰も本気にしなかった。―――まださほど宴慣れしていなかった仲忠以外は。
 仕方ないですよ、と男君達は笑う。 
 御簾の中の女君達は、彼の軽率ではないその行動にほぉっ、とため息をつくばかりである。
 やがて神子達も舞い終わり、才人達には細長を一襲、袴を一具づつ被ける。上達部や御子達は供人まで物を被けられた。
 その後はただもう、その場に居た楽に長じた者達がひたすら演奏を楽しんだ。
 仲忠は琴は弾かなかったが、笙の笛を。
 行正は横笛、仲頼は篳篥ひちりき、正頼は和琴、兼雅は琵琶、兵部卿宮は箏の琴を同じ調子に合わせて、様々な曲を合奏する。

 それが終わると「才名乗り」が始まった。
 今夜の主人である正頼が人長の役をする。

「仲頼の朝臣には何の才がござる?」

 すると地下の才男の役を当てられた仲頼は答える。

「山伏の才がございます」
「では山伏の才を見せておくれ」
「ああ、松脂臭い。少々失礼」

 そう言って彼はその場から離れる。
 次は行正だった。

「行正の朝臣には何の才がござる?」
「筆結の才がございます」
「では見せておくれ」
「冬毛は扱いにくくてどうも」

 そんなやり取りがありながら、才男は次々に変わって行く。

「仲忠の朝臣には何の才がござる?」
「和歌の才がございます」
「では見せておくれ」
「難波津にはございます。冬ごもりの頃ですので失礼」

 さらりとかわす姿が見事だったので、見物人の一人が仲忠に装束を一つ、楽しそうな声と共に渡した。
 仲忠はそれを受け取ると、ふんわりと頭から被ってその場から立ち去った。
 才男は正頼の息子達に渡った。

「仲純には何の才がある?」
「渡し守の才がございます」
「では見せておくれ」
「風の様に早いので見せられずに」

 そこへ涼がやってきたので、正頼はこれ幸いと彼にも声をかけた。

「あなたは何の才がございますか?」

 涼は答えた。

「…藁盗人の才がございます」
「では見せておくれ」

 さてどういう答えが返るだろう、と正頼はやや意地悪な気分で問いかけた。
 都暮らしが短い彼は、おそらく「才名乗り」でも、問いかけの人長以外の役をしたことは滅多にないだろう。
 するとそこにひょい、と兵部卿宮が顔を出して代わりに答えた。

「胡蝶吹く風は、あないりがたのやどりや」

 にっこりと兵部卿宮は笑う。
 先日の東宮とのやり取りを彼は知っていたので、正直、ここでは正頼より、年若き弟の涼に肩入れしたかった。
 確かに涼がああ言わなかったら、あて宮の話題には移らなかった。自分の失恋も決定的にはならなかった。
 だが正頼が既に東宮入内を決めていたことはその場の雰囲気から兵部卿宮にも感じられていた。だとしたら、涼は単にそのきっかけを作ったに過ぎない。
 それを根にもってちくちくと田舎者よと虐めるのは誉められたことではない。
 そもそも涼は自分よりずっとあて宮に関しては有利な立場だったはずだ。神泉苑で院が「あて宮を涼に」と言っていたのだから。
 それでも落胆する様子一つ見せない異母弟を、兵部卿宮は立派だ、と好ましく感じていたのだ。
 あにうえ、と声を出さずに口が動く。たまにはいいだろう、という様に兵部卿宮はぽんと肩を叩く。   



 その後はひたすら酒宴が続いた。
 沢山呼ばれていた歌妓が二十人ばかり、華やかな装束を着て、琴を弾く。
 それに合わせるものやら、ただ酒を呑み、世間話や猥談に興じる者やら、宴はいつまでも続くかと思われた。

 やがて宴もお開きとなる頃、仲忠は仲純に東の大殿にある自分の曹司へと誘われた。

「珍しいな、君がそんなに酔うなんて」
「兵部卿宮どのにずいぶん呑まされてしまいましたよ」
「ああ… 彼なら、ねえ」
「それに御馳走が美味しかったから、ついつい食べ過ぎてしまって」
「それもまた珍しい。でも友達としては、世に名高い君のこんな姿を見られるというあたり、役得というところかな」

 その言葉はあっさり無視し、仲忠は衣服を緩める。

「で、まあ僕は今こうゆう有様ですので、今から言うこともすることも酔いの上ということで聞かなかったことにして下さいな。それこそ、神様だって許してくれるでしょ」
「君、今何か辛いことでもあるのかい?」
「うーん? 辛いことですか」

 そうですねえ、と彼は首を傾げる。

「そう、辛いこと。この間東宮さまのとこで、ずいぶんと悲しい気持ちがしたんですよね。やっぱりあて宮は東宮さまの元に行くことに決まってしまったんだって」

 その話を出すか、と仲純は高鳴る胸を押さえる。

「ああいつか、僕も恋い焦がれて死んでしまう。どうして今日まで生きていられたのかなあ…」

 くすくす、と笑いながら仲忠は鳥のさえずりの様につぶやく。

「何を言ってるんだ」

 自分の心境をそのまま語られている様に思えて、仲純は言葉を投げる。

「何かねえ」

 そう言うと、仲忠は両腕を大きく広げて、その場に倒れ込む。

「べたーっと地面にへばりついた牛になった様な気分なんですよお。何か動く気もしないというか」
「…そんなこと、言っているんじゃないよ。君は帝の婿として認められたひとじゃないか」

 身体を起こす。あはははは、と仲忠は口を大きく開けて笑う。手をひらひらと振る。

「玉のうてなも何のその、心がそこに無ければ何にもならないと言いますよ。そうそう、僕は涼さんもうらやましい。名前のごとく涼しい顔で」
「彼だって、今度のことでは、角の折れた牛の様なものだろう」
「そうそう、へたった牛と、角の折れた牛ですか。だったら僕等、なかなかいい相方かもしれませんねえ」

 それはいいそれはいい、と独り言を言いながら仲忠はうんうんとうなづく。

「そうそう、彼もむく犬の様に、あてにならないことを待ってる身ですし」

 黙れ。
 仲純は言いたかった。
 兄弟の契りをしたこの青年が一言発すれば発する程、それは仲忠や涼のことではなく、自分のことの様に仲純の耳には聞こえる。
 馬鹿な自分をあざ笑っているのではないかと。

「…馬鹿なことを言うんじゃないよ。君は今、これからを一番期待されている人だから、帝もうちの父上も、天人の様に大切な人だと考えているんだ。だからこそ、大切な大切な最初の内親王を、と… そんな君が、繰り返し繰り返し何をぼやいているというんだ」
「判ってますよ勿論。だから酔いの上の話。神もお許しになるでしょ、と。でもね仲純さん」

 ぐい、と仲忠は仲純に顔を寄せる。
 赤みの残る顔、呼気には甘い香りが混じる。だが声はまぎれもなく平静なそれだった。

「どれだけ素晴らしいお話でも、僕は他の誰でもなくあて宮を、と思ったんだから、ここはどれだけ素晴らしいひとであったとしても、女一宮じゃあないんですよ」

 もっとも彼女に会ったことは無いのだけど、と仲忠はつぶやく。

「それに『そういう』代わりだったら、幾らでも居るでしょ」
「孫王の君とか…?」
「よくご存じで」

 くっくっ、と仲忠は喉の奥で笑う。

「だったら尚更。あきらめるべき所はあきらめる。それしかないじゃないか」
「そう、それが道理。生きてくためにはそれしかない。でもあなた、それができますか?」

 仲純は胸を押さえる。顔を逸らす。

「…は、確かに。何かいい薬は無いものかな」

 かろうじてそうつぶやく。それを聞いてか聞かずか、逸らされても間近なまま、仲忠もつぶやく。

「すぐそこに桃の木がある。熟してたわわに実った桃が目の前にあるのに、どうしてもそれを取ることができない――― そんな気持ちなんですよ」

 そう確かに。
 目の前にあて宮はいつも居たのに。そこに手を触れることはできない。
 兄である男はそのもどかしさが死ぬ程判る。判りすぎる。
 そのまま仲忠は仲純にもたれかかる。酒に酔った身体が熱い。
 やがて何処からか琴の琴の音がほのかに聞こえてきた。

「…この暁に琴を弾いているのは誰かなあ… 素敵な音だ。僕は今ここで死ぬけど、この音の中で死ぬのなら幸せかもしれない」
「…あて宮だ。あの音は」
「そう。滅多に聴けないあの方の琴の音ですか。ああ何と美しい音。…それに」

 仲忠は言いかけて止める。

「でも君の耳にかなう程のものじゃあないだろう」
「そんなことはないですよ。世に一二と言われる名人の手かと思いました。でもそれだけじゃあない。何処か今風なところもあって華やかで。…響いて、叫んで…」

 叫んで? 
 奇妙な言葉を聞いた様な気がした。









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最終更新日  2017.12.12 22:02:02
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