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カテゴリ:不動産投資物語
さらり・みつる不動産投資物語 ~前文~ の続きです。
平成7年 株式ミニ投資(ミニ株)が登場しました。石坂浩二が大和証券?の宣伝していたのを今でも思い出します。 単位株の1/10から始められる株式投資で、資金力に乏しい個人投資家の参加を狙った制度ですね。 ありあまる時間と、普通の学生よりはお金を持っていた私は、石坂浩二に乗せられてミニ株を始めることになりました。 チャート集と会社四季報を買って、いざスタート! ちょこちょこ小銭が貯まるようになったので、「これはいけるのか!」と気が大きくなり、父から200万円借りて、単位株を売買するようになりました。 宮越商事の仕手戦にうまく乗っかって、そこそこ利益が出てきた。 ですが、当時は電話注文で、あまり無茶な指値を入れると、担当からお叱りを受けたりもしてました。 自由に取引できる環境はないのか? ありました。「大和証券のホームトレード」 平成7年当時、インターネットはほとんど普及してなく、パソコン通信が全盛でした。 実は私もパソコン通信をやってました。 しかも、自宅の電話回線を使って草の根BBSを立ち上げていた(笑) 会員数は100名くらいでしたでしょうか。BBS電話帳にも載ったので、そこそこ集まりましたね。 1回線しかなかったので、1回にアクセスできる人は一人だけ。「ぴーひょろひょろ~」とモデムが鳴る度に画面を見つめて、チャットの要求があるか確認。 年に数回は、会員さんとオフライン・ミーティング(通称:オフ会)と称して、あちこち遊びに行ったり、自宅で騒いだりしてました... そんな時代、証券会社もPC VAN,niftyサーブなどのサービスを利用して、株式の売買注文がパソコンを使ってできるようになってました。 家ではPC-98DOを使ってオンライントレード。外では、当時発売されたばかりのNTTパーソナルのPHSをNECのモバイルギアMC-K1(モデム付)に接続して売買。これが平成8年頃のことです。 行き当たりばったりでやってる株式投資。そんな長続きする訳がありません。 東海染工、KDDと買ったところで塩漬け... 200万円の資金は、100万円まで減少... そんな時、1本の電話が! 次回へつづく。
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