もじをさがして
いまの自分がこの書き物の上に置きたい文字が見つからずけれど、時間をついやすほどただ過ごしてるようにも思えて実際顔を見て話せたり別次元の空間でやり取りをしてもさほど苦もなく伝えられたりもするんだけれど。ちゃんと笑うし。働いてたときとちがっていまはeruoさんに話すくらいだから誰かに会うとよけいに話したくなるくらいだし。気晴らしだってちゃんとしてるし。って。いまも言い訳じみたことから入ってるのが私もずるいなあと。確かなことは変わらないので早急に気にかけてくださった方たちへとにかくまずお礼だったのに。失礼しているのが気になっていた。夫婦でずっと。かねてから病気療養中の義父が他界いたしました。ここで日記に義父のことを書くたびに励ましていただいたり心に留めてくださった日記のお仲間さんには早くお1人づつ御礼を伝えるべきだったのですが肝心なときに腰がひけた・・・かっこいいことはいえない。でもな。お義父さんのことなんだから素敵なこと書いてそれも「おくること」なのかもな。おくるったってな。。。冷たくなって固くなってもう起きなくてeruoさんが頭をなめても何にも言わないし実家の父やちゃぼたんも来た煙りは出ないけど骨になって出てきたし一緒に入れたものも燃え残りで出てきた。でも「おくった」かといわれたらそうなのか?だーりんはずっと悔いている。泣いている子供みたいだった。ひとりはさみしいって初めて言った。肉体がなくなるとき「ありがとうございました」っていえなかったっておいおい泣いた。あんな大きな身体なのに小さい子みたいに。私も悔いてる息をしなくなったときやっと出たことばは「ごめんね」だった。いまも言ったら叱られるけど「ごめんね」だ。まだきっとずっと報告と弁解みたいな内容になってしまった。何を一番書かないといけないか。お義父さんの中で日記のお仲間さんを『eruさんのメル友』という呼び方でほぼちゃんと現実の私のお友達としていきづいてたこと。その存在を喜んでいたこと。そして皆さんに病床をあんじて頂いていたこと。感謝にたえません。ありがとうございました。故人になり代わり心から。。