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カテゴリ:孤舟
その人からさきくさがこの京にいることを聞いた袈裟は、その時から手下に時々禅師の家の様子を探らせて来た。そして、惨めに年老いて病んでいるさきくさの有様を聞いては、おぞましくも胸の溜飲を下げていたのである。
さきくさを見張ると共に、袈裟は我が子のことも遠くからそっと見守り続けて来た。袈裟にもまだ僅かに人らしい心が残っていたのか。 だが、その子の前に姿を露わそうとは微塵も考えたことはない。野盗にまで落魄れて果てた自分。両の手は今まで殺めた人の血でべったりと濡れ、その身は穢れきっていくら洗っても落ちぬ賤しいにおいが染みついている。 その上、その想いはどうあれ、あれほど憎んでいたさきくさと同じように、結局は袈裟も我が子を捨てたのだった。今更どうして母親面が出来ようか。 ついこの間、町屋の陰からそっと垣間見た我が子の愛らしい横顔を思い出した袈裟の胸は、ずきりと激しく痛んだ。あのふっくらした桃色の頬に自分の頬を押し当て、小柄なか細い身体をぎゅっと抱きしめてみたい。あの艶やかに伸びた綺麗な髪を、自分のこの手で梳いてやりたい。この頃少し大人びて来たから、桜の細長など着せたらどんなにか……そんな母親らしい喜びを袈裟が味わうことは決して許されはしないのだ。 袈裟の胸に再び激しい怒りが込み上げて来た。あの可愛い子を失う羽目になったのは、元はと言えば全てあのさきくさのせいだ。あの女が自分の手元で育てていたのなら、少なくともしっかりとした人間に預けていたとしたら、母はあんな悲惨な目に合わずに済んだ。 そしてわたしも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年11月06日 10時57分28秒
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