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カテゴリ:小説/物語
それでも何とか動物園内を歩き、1時間ほどを過ごした。
その間もずっと「帰る、お母ちゃんのことに帰る。」しか彼は言葉を発しなかった。 私ももう限界を感じて「ほなもう帰ろう。まーちゃんのお母ちゃんのことに帰ろう。」といって動物園を後にした。 とは言ったものの、まだ約束の時間まで2時間半ほどもある。 どうしたものかと思いながらも、何の策も浮かんでこない。 そしてそのまま帰りの切符を買って改札を入ってしまった。 駅のホームで電車を待つ間もまーちゃんはシクシクと泣いている。 私はこのときすでにもうかける言葉さえ失っていた。 そのとき一人のおばあさんが我々に近づいてきた。 そしてまーちゃんに 「どないしたんや。泣いたら男前が台無しやで。」と声をかけてくれた。 そして手にしたカバンからビスケットを出して、細かく砕いたと思ったらそれをホームにまいた。 「この駅はな、ハトさんがいっぱいおんねんで。」 とおばあさんが言い終わるか終わらないかのタイミングで、ホームの屋根にから数羽のハトが舞い降りてクッキーを啄(ついば)みはじめた。 「さあ、泣いてたらアカン。ハトさんにこれ食べさしたり。」と言って残りのクッキーをまーちゃんの手に握らせてくれた。 まーちゃんは涙を流しながらもハトにエサをやった。 「あんたの弟か?」 おばあさんは私に聞いた。 「いえ、違うんです。」と答えた私に「小さい子は機嫌ようしてたと思うたら泣き出したりもするさかいな。あんたのせいとちゃうで。」と言いながら私にもクッキーをくれた。 「これはあんたが食べ。」 「あんたいたいな若いもんがそんな暗い顔しとったらアカン。あんたがそんな顔しとるからあの子も泣くんやで。」 「ハト見てみ。エエ顔しとるやろ。あんたもそれ食べて、ハトみたいにエエ顔せなアカン。」 「あんたが暗うて怖い顔しとったら、あの子も泣かなしゃぁないがな。」 と言ってにっこり笑ったかと思うと、まーちゃんの頭を撫でて「ほなな。」と言葉を残しておばあさんは人ゴミの中に消えていった。 ・・・あんたのせいとちゃうで・・・ おばあさんはそう言ってくれたが、このときばかりは違うのだ。 私のせいなのだ。 小さな子供が母親を思う心を微塵も理解できない人間に成り下がってしまった私の愚かさのせいなのだ。 そして私はこのおばあさんにもお礼すら言えなかった。 ただ手に持たせてくれた数枚のクッキーを一気に口に入れて噛み締めた。 するとなんだか少し頭が冷静さを取り戻したような気がした。 もうくよくよしながら時間を稼いでも仕方ない! このまま先輩の家に帰る決心ができた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.01.25 01:29:59
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