「俺、アメリカで俳優として活動したいんだ。」
聖の言葉を受け、瑞姫はじっと彼を見てこう言った。
「・・あなたがいつかそう言うと思っていたわ。」
聖がロンドンの演劇学校を首席で卒業した事を瑞姫は知っていたし、その卒業公演を観て彼はいつか必ず広い世界に飛び出すだろうと彼女は予想していた。
「この事は、お父様には?」
「さっき話したよ。でも黙ってた。」
「そう。聖、あなたが本気でそう思っているのなら、死ぬ覚悟で頑張りなさい。どんなに辛くても、周りに甘えても、当たり散らすような事は絶対にしないこと。それが出来る?」
真摯な光を宿した義母の瞳を、聖はまっすぐに見つめた。
「出来るよ。俺、死ぬ気で頑張る。」
「そう・・」
瑞姫はそう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がって聖を抱き締めた。
「聖、あなたがわたし達の元を離れてしまうのは辛いけれど、あなたが選んだ道を歩くというのならわたし達は何も反対しないわ。アメリカで頑張っていらっしゃい。」
「ありがとう、母さん。俺、父さんと母さんに育てられて良かったよ。あの時母さん達に引き取られていなかったら、今の俺はなかった。」
聖はそう言って涙を流した。
「わたしも、あなたを育てて良かった。あの頃のあなたはいつも怯えて、どこか悲しそうな目でわたしとルドルフ様が子ども達と遊ぶ姿を見ていたわね。夜になるといつも泣いていたわ。」
「もう昔の話だよ。」
「そうね。もうあなたはわたし達が居なくても大丈夫。」
聖は瑞姫と抱擁を交わすと、部屋から出て行った。
「聖、本当にアメリカに行くのか?」
廊下を歩いていると、遼太郎が話しかけて来た。
「ああ。向こうでオスカーを取るまで頑張るよ。」
「そうか。」
遼太郎はそう言うと、聖に微笑んだ。
「たまには手紙をくれよ。あと、映画のチケットは無料でくれよな。」
「ああ、解ってるよ。」
こうしてホーフブルクから、聖はハリウッドへと旅立った。
旅立ちの朝、瑞姫とルドルフは笑顔で聖を送りだしたが、彼の姿が見えなくなると瑞姫は嗚咽した。
「割り切ろうとしたけれど、駄目みたい・・」
「ミズキ、お前はいい母親だよ。あの子がいなくなる毎日なんて、わたしも考えられないよ。」
ルドルフはそう言って自分の胸に顔を埋めて泣いている妻の黒髪を何度も優しく梳いた。
聖がアメリカへ発ってから数日が経ち、瑞姫はルドルフとともに健診を受けに産婦人科クリニックを訪れていた。
「胎児の発育は順調ですよ。逆子の心配もありませんし。」
「そうですか。」
クリニックを出た瑞姫は、妊娠7ヶ月を迎えた下腹を擦った。
「あと数ヶ月で産まれてくるな。」
「ええ。ルドルフ様、樹に出産に立ち会って貰いたいんですけれど・・」
「わかった、わたしから話しておこう。」
ルドルフは夕食後、樹を部屋に呼び出した。
「お話ってなぁに、お父様?」
「イツキ、ミズキの出産に立ち会って貰いたいんだが・・」
「嫌よ、そんなの! 血とかうんことか出るんでしょう? そんなの見たくなんかない!」
ルドルフの言葉を聞いた樹は、激しく頭を振った。
「いずれはお前がそういった体験をするんだよ。」
「そんな事、したくないもん! 痛いのは嫌!」
そう叫ぶなり、樹は部屋から飛び出してしまった。
(困ったな・・)
末娘の我が儘振りに、ルドルフは思わず溜息を吐いてしまった。
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