「大丈夫ですか、ユーリ様?」
「ん・・」
匡惟の声で、ユーリは目を覚ました。
(確かわたしは、急に倒れて・・)
「匡惟、ユーフィリア様は?」
「皇女様ならお部屋にいらっしゃいます。それよりもこれからどうなさいますか?」
匡惟はそう言って、ユーリを見た。
「どうって・・ダブリスに戻るに決まっている。そして兄様にお会いする。」
「ダブリスに戻ることは無理です。先ほどダブリス側の国境が封鎖されたとの知らせを使者から聞きました。」
国境が封鎖されたということは、それほど疫病が国中で猛威をふるっているということか。
今すぐルディガーと会って、彼に問い質したいことが沢山あったが、彼に会う前に二度と故郷の土を踏めぬ事を知ったユーリは、溜息を吐いた。
「ユーリ様、ユーフィリア様がお呼びです。」
「解りました、すぐに参ります。」
今後の事を考え始めながら、ユーリはユーフィリアの元へと向かった。
「ユーリ様、先程は倒れられましたけれど大丈夫ですか?」
「はい。それよりもユーフィリア様、ダブリス側の国境が封鎖されたというのは本当の事でしょうか?」
「ええ。疫病はもうダブリス中に猛威を振るい、リヒトの街は一面焼け野原になったとか。恐らくそれも悪魔の仕業でしょうね。」
ユーフィリアは紫紺の瞳を曇らせながら、庭園の中を歩き始めた。
「ユーフィリア様、ルディガー皇太子様は・・わたしの兄です。」
「知っております。ルディガー皇太子様は一体何をお考えなのでしょうね?」
「それは・・わたしにも解りません。」
ユーリにとってただ一つ解るのは、ルディガーが完全に常軌を逸しているということだけだった。
「足元に気をつけて歩きなさい。」
一方アベルと璃音は、アンドリューとその部下から背後に剣を突き付けられながら、リヒトの地下通路を歩いていた。
「一体わたし達を何処へ連れて行くつもりです?」
「行けば解ります。後少しで出口です。」
暗闇の中をアベル達は歩き続けると、やがて地下通路の出口へと出た。
そこには、蔦に覆われた修道院が建っていた。
「ここは・・?」
「ちょっと失礼。」
アンドリューはそう言ってアベルの前に出ると、首に提げていた鍵を取り出し、十字を切った。
すると古びた扉が軋んだ音を立てながら開いた。
「お父様、怖いよ・・」
不気味な風音に怯えながら、璃音はアベルの腰にしがみ付いた。
「大丈夫、お父様がついているからね。」
「こちらです。」
アンドリューとその仲間が靴音を響かせながら修道院内へと入っていき、アベルは璃音の手を繋ぎながら慌てて彼らの後を追った。
荒れ果てた外観とは違い、修道院内の大理石の床は鏡のように磨きあげられ、中庭の芝生も綺麗に刈り込まれている。
「ここは、一体何処なのですか?」
「ここはわたし達の家です。“お父様”があなたにお会いしたいとおっしゃるので、少々手荒な事をいたしましたが、こちらに連れて参りました。」
アンドリューはそう言って笑みを浮かべたが、夜会の時に浮かべたものとは違うものだと、アベルは感じた。
暗い感情を押し隠したかのような笑みを浮かべながら、アンドリューは修道院の最奥部にある部屋の前で止まった。
「“龍の炎”と人魚の末裔の娘を連れて参りました。」
「よろしい、入りなさい。」
重厚な扉の向こうから、しわがれた老人の声が聞こえた。
「失礼致します。」
アンドリューとアベル達が部屋の中へと入ると、窓際に立つ老人がゆっくりと彼らの方を振り向いた。
老人の瞳は、アンドリュー達と同じ勿忘草色だった。
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