「初めまして。土御門様のことは、妹からお話は聞いております。」
柚葉はそう言って有人を見た。
「私も、柚葉様の噂を聞いておりますよ。あなた様の奏でる筝の音はとても素晴らしいものだと。」
「そうですか・・それは嬉しいです。」
柚葉はそう言って俯いた。
「では、わたくしこれで・・」
衣擦れの音をさせながら、柚葉がその場を立ち去ろうとしたが、有人が柚葉の手を突然掴んだ。
「あなたは何故、人と接しようとしないのです?」
「おっしゃっている意味がわかりません。わたくしは妹や兄達とは仲良くしておりますし・・」
「そんなことを言っている訳ではありません。あなたはいつも人と距離を置いている。いつも人の輪の中に入ろうとしない。」
図星だった。
「わたくしの何が、あなたにわかるというのですか?あなたとわたくしはついさっき会ったばかりですよ?」
柚葉は有人を睨みながら言った。
「私には生まれつき初めて会った人のことが不思議とわかってしまいます。たとえば、今あなたが抱えている秘密とか。」
(こいつ・・一体何者だ?)
自分が男だとバレているのではないのかと思い、柚葉の顔が少し強張った。
「何をおっしゃられているのかわかりませんわ。わたくしには秘密などありません。それにしてもあなたは無礼な方ですね。初対面の方には必ずそのような物言いをなさるのかしら?」
「いいえ。あなたがあまりにも私を避けようとしているので、ちょっかいを出してみただけです。」
「本当に失礼な方ですね、あなたは。あなたの所為で気分が悪くなりましたので、これで失礼いたします。」
柚葉はそう言って有人の手を乱暴に振り払い、桐壷を去っていった。
「姫様、有人様のことはどうお思いですか?」
「失礼な奴だな。もう2度と会いたくない。」
その頃、藤原国葦は溜息を吐きながら仕事をしていた。
「どうしたんだ、国葦?元気がないではないか?」
そう言って頼篤は部下に声をかけた。
「少し気分が優れないのです・・原因はわからないのですが、何かこう・・胸につかえるようなものがあって・・」
国葦はそう言って胸を押さえた。
「浮世を流すお前はまた恋煩いをしているのか?今度の姫は一体どこのどなたなのだ?」
「名前はわかりません・・ただこの前、その方が水浴びしているのを垣間見て、わたしはその方の美しさに魂と目を奪われてしまいました。」
「お前のことだから、その姫を自分のものにして、いままでの女たちと同じようにまた泣かせるのであろう。」
頼篤はそう言って笑った。
「頼篤様、今度は遊びではありません。今度は真剣なのです。わたしは絶対その方が誰なのかを突き止めてみせます。」
「頑張ることだな。」
そう言って頼篤は国葦の肩を叩いて去っていった。
仕事を済ませた頼篤は、柚葉に宛てて文を書いた。
「これを柚葉に。」
使いの者から兄からの文を受け取った柚葉は、その夜桐壷の所で落ち合った。
「お久しぶりです、兄上。」
「ああ。それよりも柚葉、昼間有人殿に会ったそうだな?」
「ええ。とても無礼な方でした。お話とは何でしょう?」
「お前に聞きたいことがあるんだが・・お前は水浴びしたことはあるか?」
「水浴びですか?去年の夏、あまりに暑かったので池で水浴びしましたが、それが何か?」
「ああ・・わたしの部下で、恋煩いした奴がいるんだ。その相手がもしかしたらお前だと思ってな・・つまらぬことで呼び出してすまない。」
「いいえ、兄上と会えて嬉しかったです。」
兄と別れて弘?殿へと向かう途中、柚葉は葉影の中で何かが光るのを見た。
「気の所為か・・」
そう呟いて再び弘?殿へと向かおうとしたとき、柚葉の前に1人の老人が現れた。
「お主が持っている紅玉を儂に寄越せ!」
老人はそう叫んで仕込み杖から刃を出し、刃先を柚葉の首筋に押し当てた。
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