「まだ母さん、歳三さんの事を許していないのよ。でも歳三さんが藤原会長の娘だと知った途端に、急に歳三さんに会いたいって言ってね・・」
姉の言葉を聞いて、総司は溜息を吐いた。
虚栄心が強い母・房江は、自分と同じ地位に居る人間にしか友情を示さない。
今まで歳三の事を「格下」と決めつけて何かと見下してきた彼女だったが、自分と同じ富裕層に居ると知り、急に態度を軟化させたのだろう。
「母さんにも困ったものだな。あの性格はいつになったら治るんだろう?」
「それは無理よ。それよりも総司、歳三さん何だか変だったわよ。」
「土方さんが?」
「ええ。バス停のベンチに腰を下ろしたっきり、泣いてばかりいたわ。藤原会長に何かあったんじゃないかしら?」
姉が実家に帰り、誠を寝かしつけた後、総司はそっと歳三が休んでいる寝室へと向かった。
彼女はベッドに横たわって眠っていた。
「土方さん・・あなたは一体何を悩んでいるんですか?」
少しずれたシーツを総司は直しながら、そう彼女の耳元に囁いた。
「クソ・・こんな時間まで寝ちまった・・」
歳三はカーテンから射し込む朝日の光を受け、舌打ちしながら皺が寄ったパンツスーツを脱ぎ、教師の時に一度袖を通しただけのスーツとブラウスをベッドの上に置いた。
「あ、土方さん、おはようございます。」
「おはよう。今何時だ?」
「まだ大丈夫ですよ。」
歳三は浴室に入ると、シャワーを浴びた。
妊娠の事は、まだ総司には告げていない。
告げたら、彼は産んでほしいと言うだろう。
だが今は、子どもを産みたいとは思わない。
(俺は、どうしたら・・)
「土方さん、タオルここに置いときますね。」
「あ、ああ・・」
浴室から出た歳三がタオルで身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしていると、総司が突然抱きついてきた。
「おい、何しやがる・・」
「土方さん、何か僕に隠し事してません?」
澄んだ紫紺の瞳に見つめられ、歳三は一瞬たじろいだ。
「総司、昨日病院に行ったら二人目の子を妊娠してたことが判ったんだ。」
「そうですか。それで、あなたはどうするんです?」
「今回は、諦めようと思う。藤原会長の事もあるし・・」
「どうしてあなたは一人で勝手に決めるんです!?僕達夫婦なのに、どうして話し合おうと思わないんです!」
「話そうとしたさ!俺だって突然藤原会長が父親だって言われたって、実感が湧かねぇし混乱してんだよ!どうしたらいいのか、もう・・」
「土方さん、ごめんなさい・・」
総司は自分の肩越しに泣きじゃくる歳三の背を優しく擦った。
「じゃぁ、行ってくるわ。」
朝食を食べた歳三がそう言ってバッグを肩に掛けて椅子から立ち上がると、じっと総司が彼女を見つめていた。
「な、何だよ?」
「その格好、研究発表の時以来ですねぇ。」
「じゃぁな!」
(ったく、総司の野郎・・)
電車に揺られながら、歳三は5年前の事を思い出した。
あの日、研究発表と授業が重なり、歳三は滅多に袖を通さないブラウスとタイトスカート姿で授業に出ると、男子生徒達から歓声が上がった。
『あぁ~、疲れた。』
資料室で疲れを取っていると、総司が突然資料室に入ってくるなり、歳三を押し倒した。
『総司、やめろ!』
『嫌ですよ。あんな色っぽい格好して来て、抱きたくて仕方ないんです。』
鼻息を荒くしながら、総司は欲望のたけを歳三にぶつけた。
(ったく、あの頃と何ら変わっちゃいねぇなぁ・・)
歳三がそんなことを思いながら溜息を吐くと、誰かが自分の尻を触っている感触がして、痴漢の手を掴んだ。
「ひぃ!」
「ちょいと外で話そうか?」
逃げようとした痴漢は、まだ高校生だった。
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最終更新日
2012年04月11日 22時56分23秒
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