―ユリウス・・
遠くから、自分を呼ぶ声がした。
ユリウスが目を開けると、そこにはホーフブルク宮の色とりどりの美しい薔薇の中に、彼は居た。
(ここは・・)
「ユリウス。」
「ルドルフ様、あなたは死んだ筈では?」
彼は魔に染められた自分に銀の剣で胸を貫かれ、死んだのではなかったのか。
「ああ、確かにわたしはあそこで死んだ。」
「それでは、ここは・・」
ユリウスの言葉に、ルドルフは静かに頷いた。
「あの後・・あの少女はどうしたんですか?」
「シシィ=ローゼンフェルトの魂はガブリエルに委ねられた。彼女が操っていたあの蛇神は捕まえられなかったが。」
ルドルフはそう言うと一歩ユリウスに近づき、そっと彼を抱き締めた。
「ユリウス、お前には無理ばかりさせた。あの時、お前を無理に蘇生させたりしなければ、こんな結末を迎えることはなかったのに・・」
「ご自分を余りお責めにならないでください、ルドルフ様。わたしはあなた様のお傍に居られて幸せでした。」
ユリウスはそう言ってルドルフに微笑むと、彼は涙を流した。
「行こうか、みんなが待ってる。」
「はい・・」
2人は庭園を後にした。
「・・ここか。」
松本神父が炎上した廃病院へと向かうと、そこにはヴァチカンの特殊部隊が来ていた。
「ルドルフ皇太子は、天使によって銀の剣に貫かれ、死亡した。」
「そうか。」
「2人の遺体は未だに発見されていない。あれだけの炎だ、炭化されて消えたのだろう。」
松本神父は、ルドルフ皇太子を自分で仕留める機会を永遠に失い、唇を噛み締めた。
「そうか、シシィ=ローゼンフェルトの遺体が火災の起きた廃病院から発見されたか・・」
一方東京の警察庁公安部神秘課では、上島直輝が廃病院での報告を受けて溜息を吐いた。
(これで、事件は終了か。長かったな・・)
「先輩、お昼行きます?」
「ああ。」
事件についてまだもやもやとしたものを感じながら、直輝は姫沢と共にオフィスから出て行った。
「あれ、この店潰れちゃったんですね。」
「そうみたいだな。」
渋谷の裏路地にあるカフェのシャッターの前には、「都合により閉店させていただきます」という店主からの張り紙が貼ってあった。
「他の所に行こうか。」
「ええ。近くに新しくオープンしたサンドイッチハウスがあるんですよ。」
姫沢と直輝がカフェに背を向けて歩き始めた時、裏路地から一匹の黒猫が現れて2人の背中をじっと見ていた。
ホーフブルク宮にある薔薇園では、今年も色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
その中で最も美しいのは、自然界に存在しないという蒼い薔薇だった。
その蒼い薔薇の花壇で、1人の少年が黒猫と遊んでいた。
「まぁルドルフ様、こちらにいらしたんですか?」
「ちぇ、見つかっちゃった。」
少年はブロンドの巻き毛を揺らしながら、そう言って蒼い薔薇の花壇を後にした。
「ユリウス、まだ先生は来てないよな?」
「ええ。急ぎましょう。」
2人の少年達は手を繋ぎながら、宮殿へと急いだ。
―完―
photo by Abundant Shine
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